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慈光通信 第260号

2025.12.19

  • 健康と医と農 XIIII

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、1986年7月6日 西条中央公民館に於いての講演録です。】

 

 

公害を利用する人

 

最後に、私はこういう公害の事をやっていてしみじみ思うのです。例えば無農薬農法をやるでしよう。最近どんな事が起こったと思いますか。無農薬農法という事を利用して、人をだましてお金を儲ける人間がでてきて、省農薬であるとか色々な事をいって、農薬で困っていることを利用して悪い金儲けをする人間が沢山でてくる。一生懸命健康に気を付け無農薬野菜を食べていたのに、奥さんが癌になったと悲観して大学を止められた先生がおります。その先生の食べていたのは無農薬ではなかったのです。先生は無農薬のつもりで食べていたのですが。衛生学専門の先生でした。そういう事もあります。現在健康食品は商業的にまだまだ開発の要素があると新聞にも書いていますね。そこが問題なのです。

 

 

自然の中に生かされる

 

現在の文明は人間が幸せになるはずだったのです。人間が健康で、そして平和で、豊かで、本当に人間が幸せになる文明の筈だったのです。僕が中学生だった時、文部省から偉い先生が来てそんな事を教えてくれた、良い世界ができるのだと。しかしできてみると、公害で人類が慢性的に亡ぶか、核で急激に亡ぶしかないような文明が出来てしまった。どこに誤りがあるのか。科学が指導してきた文明のどこに誤りがあるのかと申しますと、最も基本的な誤りをしてきています。人間は自然に養われた生命体であるという事実です。これを今の文明は忘れてしまった。もう一つは同じ自然に生かされる数限りない生命と、もちつもたれつの関係にある、いわゆる生態系の一員としてのみ生存が許されているという事を忘れて、人間だけが栄えればいいのだ、そして自然を征服して、人間が文明を作るのだ。他の動物を犠牲にして、人間の幸福が得られるのだ。こういう錯覚の中にこの文明が進められて来ました。いわゆる生存競争という間違った考えにとらわれて進めてきたことに、この文明の破綻があるのです。人間も同様です。人間同士の生態系、お互いが共に生きなくては、一人が健康になろうと思っても出来るものではない。そうでしょう。皆が健康になっていかなければ駄目なんですよ。自分が金持ちになって、他の人は貧乏で、得意になるというのが今の人間の愚かな考えです。これでは幸福ではありませんね。人間がお互いに生かされ、生かそうという状態においてのみ、人間の生存が許されているという生態学的な事実がある事を忘れて、他の人間を蹴飛ばして偉くなったり、金持ちになろうとか、他の動物を犠牲にして人間が幸せになろうとする。自然を壊して人間が文明社会を作る、こういう誤った発想が近代文明を狂わせた訳です。自然の一員なのに、自然が回復不能の様なダメージ、被害を与えては、人間はもう駄目なのです。現在の工業のようにこんな事をしてしまって、地球上の酸素が減ってしまうような文明は絶対いけないのてす。もっと工業を減らさなければならない。東南アジアの山を裸にしてしまって、紙を浪費しているような日本のやりかたは絶対いけないのですよ。自然を破壊する事は人類の死滅であるという事、他の生物を亡ぼす事は人間の死を意味するという、この法則をぬきにした所に近代文明の誤りがございました。

皆さん、どうぞ健康法をやって頂く上において、この原点に立ち返って考えて頂きたい。自然にかえれ。自然から足が離れたら亡びるのだ。近代の新しいバイオテクノロジーや施設農業、これらは皆自然から離れているから、きっと30年位も経つと病気がでてくると私は信じています。今の原子力発電でもそうですよね。後、生きていけないような環境を作ってまで電気を作って、そしてどうして人類が栄えるのでしょうか、幸せになるのでしょうか。こういう様な社会の中にあって、これを矯正するには、私たち国民が正しい原点に立ち返って、やはり共存共栄、或は慈悲とか、愛とか、こういう最も基本的なものに立ち返る事だと思います。どうぞその点を考えていただいて、色々運動して下さる事をお願いします。これで終わらせて頂きます。ありがとうございました。

             【完】

 

安全なレモン入荷します‼

 

もうすぐ、レモンが慈光会に入荷します。昨年分が終わってからというもの、「レモンはまだ?」というお問い合わせを多くいただいていましたが、ようやく皆さまにお届けできる見込みとなりました。

レモンは、みかんのように手軽にそのまま食べる果実ではありませんが、あの独特の爽やかな香りは格別です。袋詰めの際に手にすると、ふっと気持ちが落ち着くほど清々しく、季節を知らせてくれるような存在です。

一方で、輸入レモンには、収穫後の品質保持のために防かび剤(ポストハーベスト農薬)が使用される場合があります。たとえば1975年には、米国産の柑橘から日本で使用が認められていない薬剤が検出され、問題となったことがありました。最終的に、米国側の要求をのみ、日本では一部の薬剤が「食品添加物(防カビ剤)」として使用を認められるようになりました。

現在、日本で販売される輸入レモンのラベルには、イマザリル、オルトフェニルフェノール、チアベンダゾール(TBZ)、ジフェニル、フルジオキソニル、アゾキシストロビン、ピリメタミル、プロピコナゾールなど、使用が認められている防かび剤が記載されることがあります。米国産柑橘類では、これらのうち複数が検出されることもありますが、米国ではこの防かび剤の記載が消費者に不利な影響を与えると主張しており、ラベル表示については今後も議論が続きそうです。日本政府の対応にも注視しておきたいところです。

安全なレモンが手に入ったら、レモンシロップを作ってみませんか。作り方は、レモンと同量の砂糖を準備し、消毒した瓶に輪切りのレモンと砂糖を交互に重ね、最後は必ず砂糖かはちみつでふたをします。皮の苦みが気になる方は皮をむき、砂糖は氷砂糖やきざらなどがおすすめです。砂糖が溶けてレモンが沈んだら出来上がり。炭酸水やお湯で割るほか、チキンと一緒に焼いても。ぜひ一度お試しください。

 

農場便り 12月

 

秋は短く、冬が農場を包み込む。時雨に背中は濡れ、体の芯まで冷える。まるで錦絵の如く染まった山々の雑木に、年に一度人々の目が留まる時でもある。美しきものは命短く、無情にも北風が赤や黄色に染まった葉を奪い去ってゆく。いつもの年なら一週間もすれば香りだけを残し散っていく金木犀も、今年はいつまでも花は落ちず、真骨頂ともいえるあの素晴らしい香りもいささか微香であった。

夏が南太平洋の彼方に去り、気温が落ち着くと共に、一斉に始まった秋冬用の種蒔き、作物が単一化されていく農業界の中で、当会が進める栽培法は一農家で八百屋が出来るほどの種類の野菜栽培を行うことである。夏作から秋作、そして冬作へと畑の風景は姿を変えてゆく。青々と色を変えた畑で一日中管理や収穫に汗を流す。

11月中旬に収穫を予定していた秋キャベツ、7、8月に播種、日除けの下で育苗、猛暑の続く8月下旬に定植を行う。只々暑い中、幼い苗に励ましのコールを送りながら、夕方になってもまだ気温が下がらない中での定植である。熱の残る大地に植え付け、たっぷりの水を与えた後、頭からすっぽり畝ごと防虫ネットを掛ける。辺りは既に暗闇に包まれ、静かな夜を迎えようとしている。

翌朝キャベツの様子を見回りに行く。朝露にぬれたキャベツ苗は元気な姿を見せ、一本一本点呼を行いながら長い畝をぐるっと一周する。中には早くも食害を受けた苗が2~3本目に入るが、「何百本の内のこれ位ならばまあいいか」と安易に見過ごし、その日の仕事に取り掛かる。翌日、見回ると日本刀でバッサリ切られたような苗が昨日より多く目に付く。犯人は根切り虫、この虫はタチが悪く、幼虫の間、昼間は土の中に身を潜め、夜になると出没し夜が明けるまで飲めや歌えと狼藉を働く。根切り虫の特徴は葉の食害は少なく、キャベツの根幹となる軸を根元から嚙み切ってしまうという最悪のやり方で、切られたキャベツの人生は一瞬にして終焉を迎える。そこで根切り虫の発生の原因を検証してみるが、すべては私のミスである。前後作の忙しさにかまけてすぐに畑の片づけをせず、2ヶ月放置、草は伸び放題となっていた。雑草地は害虫の温床となり、後の栽培に支障をきたすのは初歩中の初歩で、いかなる時も園内は出来る限り美しくし、早くから次回作用の土の環境を整えておくことなどが大事である。今更ではあるが、春作や冬作ならまだしも、一年で一番害虫が発生することが多い夏場に痛恨のミスを犯してしまった。これで秋作第一弾は見事敗北を喫した。

600株の苗に深々と頭を下げ、次の作付けへと勇気を奮い立たせる。無理をして播種をした作物は、異常な気温の高さの中では一定までは育つが、後に体調を崩し、生命力の落ちた作物は大自然の掃除屋である害虫により抹殺されてしまう。しかし適期に播種を行った作物はほぼ計画通りに育ち、10月から皆様の食卓にお届けすることが出来た。小松菜やサラダ水菜、香りの強いセロリやチンゲン菜など、9月15日以降の作付けは順調に進み、畑の土を覆い隠す勢いで育つ。まだまだ平年より気温の高い日が続く中、エネルギーいっぱいに雑草がはびこる。見て見ぬ振りもできず、畝間に屈み、手作業での除草を行う。秋冬作は一気に成長を進めなければ、間もなく覆いかぶさる大陸からの寒波に成長を遮られ、作物は大きく成長できない。雑草の生命力は逞しく、特別待遇で育てられている作物をも押しのける勢いで成長し、作物が敗けて姿を消してしまう。

一方では、ネットで覆われた白菜が青々と育つ。以前に初期の除草は済ませている。しかし、白菜にしては青い色の生命力が強過ぎるように感じ、白菜のネットの中をのぞき見る。そこには、ネットで覆った畝一面に力強く育つイタリアンライグラス。「いつの間に!」と驚くが、この陽気がそうさせたのであろう。草丈は長いが、一度除草を済ませてあるためか、数が少ないのだけが唯一の救いである。

白菜は結球までの日数が大体決まっており、日数をかければ出来るという作物ではない。当園では姿を消してしまった白菜はさておき、年内収穫分は11月上旬にほぼ形を作り、あとは年内の日々でしっかり結球した白菜に育て上げる。12月には不織布を被せ寒さから白菜を守る。先ほど少し触れた第一弾は、悪魔のような夜盗虫などの害虫が結球した中に潜り込み、休むことなく食害を続け、まさに阿鼻叫喚の世界となってしまった。年々ひどくなる異常気象の中、もう一度生態系や天候などを鑑み、栽培法などを一から見直す時期が来ていると思われる。耕人の謙虚さと共に。

秋作はキャベツ、白菜、結球レタス、リーフレタス、サラダ水菜、春菊、小松菜、チンゲン菜、カブ、大根、祝い大根、ニンニク、玉ねぎの栽培を行っている。最近は若い人たちがサラダにして生でも食べるという春菊、以前は純和風の日本食で使う野菜とのイメージであった。新しい食べ方を耳にするとやってみなければ気が済まない我が家、農場から帰宅するとテーブルの上には白磁のサラダボウルに山のように盛った春菊、その上にはスライスした柿、生ハムやクルミとチーズ。新鮮な生野菜をふんだんにいただき最高のご馳走である。和の野菜は火を入れて、とばかり思っていたが、固定観念は大切な文化を守る礎ではあるが、何事においても柔軟な考えが出来ることは必要で、それは時に人を幸せに導く基となる。年と共に頑固になってゆく自分自身への戒めである。本年の冬は、いつも以上に日本の伝統野菜を使って日本の食文化をもう一度見直す機会になったかと思う。しかし、時間がたてばまたセロリにたっぷりのマヨネーズをかけバリバリと青虫のように噛り付く耕人の姿が目に浮かぶ。日本の伝統野菜は、どれも栄養面で調和がとれており、健やかな体づくりと長寿に役立つとされている。そして調理法は美しく飾りつけられた日本料理ではなく、色味の少ない茶色のじじばば料理がお勧めである。

10月中旬、ニンニクの球を定植する。球根となった固い球を力任せに割り、バラバラにする。中にはすでに芽を出した慌て者もいる。一か月前、栽培予定の畑に堆肥をたっぷり散布し、酸性に弱いニンニクには少々多いくらいの石灰も散布。その畑をトラクターが最強のパワーで深く耕運、大地を埋め尽くしていた堆肥や石灰も土深く細かく混ざり合った。畝を立て、大地に一雨分の雨水を含ませ、マルチですっぽり囲い込み、定植の運びとなった。棒で15㎝間隔に穴を開け、一粒一粒の定植を一人さびしく行う。2時間もすると腰と太ももから痛みが顔を出す。単純な作業で腹部にかかる圧力、またいつもの愚痴が出始めた秋の午後であったが、愚痴と泣き言を言いながらも2000個余りの定植を無事に終えた。

後には1か月後に玉ねぎの定植も控えている。その間に来春用のキャベツやレタスなどの播種や定植も始まる。11月中旬には無事にレッドオニオンも定植、細い苗が1500本、畝の上に美しく定植された。このニンニクとレッドオニオンは厳冬を乗り切り、来春になると一気に成長し、5~6月初旬に収穫を迎える。力強く育つよう、ひと穴ずつ冬草の除草も行う。

秋は更けていくが、いつまでも気温が高い11月13日、プチトマトの収穫を行う。この時期に、それも標高の高い山の農場である。真夏は高温により花が落ち、タバコガの食害に遭い、収穫には至らなかったが、夏が去り、秋が来ると急に元気に花を咲かせ、本日の収穫となった。トマトの通路には女郎蜘蛛の大邸宅の太い糸が光る。中央に陣取る主はひと夏かけて大きく成長し、今生での最後の晩餐にと蜘蛛の糸にかかる獲物をじっと待つ。冬の訪れと共に死を迎える女郎蜘蛛が一生をかけて建てた豪邸を壊さぬように、そっと下に潜ったり、斜めに進んだりと、トマトの最後の収穫としては異常な動きをする作業となった。先ほど「伝統野菜でこの冬を」と言っておきながら、舌の根も乾かぬうちにトマトやニンニク、サラダ用オニオンなど、どの面を引っ提げて言っているのか。まあ、これが当園の耕人である。

晩秋の畑で草取りに励む。雑草はどんなに寒くても、畑全体が見事な緑地帯となってしまうため、今のうちに処理しておかなければならない。収穫のない日は草取りなどの管理作業に追われる。

時間が経ち、夕日が傾く頃からぐっと地面から冷たい空気が上がり、冷たい風が吹く。泥だらけの手のままヤッケを頭からすっぽり被る。手の泥はヤッケのいたる所に付き、雑木山からカラスの鳴き声が聞こえる。木枯らしが吹き始める頃になるとカラスは群れを成す。夕方の農場の空にはカラスが飛び交い、その鳴き声は暗く、散ってゆく木々の葉に別れを告げるようである。

一日の作業工程を日誌に記し、明日の作業の予定を書き込み、帰り支度をする。暗闇に包まれた農場の谷底深くで雄鹿の鳴き声が聞こえる。倉庫の外は漆黒の闇、東の山脈から大きなお月様が顔を出す。今夜はスーパームーン、オレンジ色の光は時間と共に澄みわたり、放たれる光が周りの景色を映し出す。高所にある農場からの観月は美しさも格別、時を忘れ月の姿に見入ってしまう。帰途に就くトラックの後をお月様が追いかけてくる。帰宅後、家族を庭に呼び、月見を楽しむ。柔らかい母なる月の光が人の心に幸せを与えて降り注ぐ。

小雪を迎え、南からの風が北風へと変わった。夜中に吹いた風が色とりどりの葉をさらう。風の技が農場への山道に錦のじゅうたんを敷き詰めた。赤、黄、茶、一枚として同じ色はない。ペルシャ絨毯をも上回る美しい大自然の絨毯が、朝の静寂の中で朝日に映える。その静寂の空気を突き破り、大自然が造形した枯葉の絨毯を蹴散らし、トラックが駆け抜けて行く。トラックの主は当園の耕人である。「なんと無情な」。

長く厳しい一年、当会の野菜で少しでも食から心への和みを感じていただけたならば幸いと存じます。

来る年も身体にムチ打ち、「働いて働いて働き抜きます。」素晴らしい年をお迎えいただけますよう、山中の農場よりお祈り申し上げます。

 

熊が出没しないか気が気でない農場より