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慈光通信 第196号

2015.4.1

病気のないすこやかな生活 ― 医・食・住 ― 19

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、1982年(昭和57年)3月6日 熊本県立図書館ホールでの講演録です。】

 

 

終わりに

 

 

忘れてはならぬ
大自然に生かされている事実

 

 

単に農薬が悪いからやめろ、食品添加物が悪いからやめろという事だけでは止まらない問題であって、現在、見てみますと、世の中に医学が発達して病気が増えている。農学が発達して、農作物は病虫害で出来なくなり、出来てくるものは毒を含んだ欠乏食であります。教育学が発達しているにかかわらず、不良少年がいくらでも出てくる。政治学が発達しているのに政治は、益々うまくいかない等々。
よくよく見てみると現在の学問の中で、人間の心や生命の関係している医学、農学、教育、政治や経済学の世界では、学問の進歩が、その成果を得てないんです。却って逆の結果を得ています。生命いの関与しない工学だけは工学の発達、即機械文明の完成と言う事で非常に成功しています。生命の関与する世界に於いては現在の学問は失敗し、生命の関与しない世界で学問が成功しているという事は何を意味するか。現在の文明、その文明の生みの親であり、担い手である現在の学問を今一度、振り返ってみましょう。
生命と言う事実、そして生命が数限りない生命と織りなす一つの持ちつ持たれつ、又は生かし生かされるという生態系の中の一員としてのみ存在を許されるという事。大きく言えば、大自然に我々は生かされているという事実、生命という事実、生態系と言う事実。この事実が現在の学問に於いて、或は学問の応用に於いて忘れられているからこんな問題が起こると信じます。
人間が人間に一番都合の良い社会環境を作るために色んな工夫をすることはいい事で、決して原始に戻れという意味ではありません。一生懸命に文明の進歩に努力するのはいいのだけれど、それはあくまで大自然の法則の枠内に於いてであります。
大自然の法則、生命の法則、即ち生
態学的輪廻の法則の中で、この大自然を壊さないという枠内に於いて、我々の文明を推進する事は許されているのであって、大自然の法則や生命の法則を破っての文明は暴走文明であって、必ず人類の滅亡を招来します。
我々が育ての母である大自然を破壊する事は、赤ん坊がお母さんの乳を飲んでいたら見事に生育するのに、栄養があるからと言って、お母さんの乳首を食いちぎって食べてしまうようなものです。有名な大哲学者であり、大数学者でもあるフランスのベルグソン、あの一代の大哲学者がこう言いました。「生命に関する無知、それが人間の智恵の特徴である」と。我々の智恵というものは、生命に関しては全く無知なんだという事実を謙虚に認める。
例えば、おてんとう様を拝む、土をお土様といって拝む、この心が我々の文明を救う唯一の要素であると考えるのです。これが欠けているから、せっかく、我々が作り上げた素晴らしい文明が公害と殺人兵器で人類の滅亡をきたすという、厳粛な、そして悲惨な事実をもたらしてきたということをしみじみ感じるのです。
【完】

 

 

プチ断食で体を休める
「プチ断食」という言葉を御存知でしょうか。『プチ断食』とは、1、2日程の間、水以外のものを口にしない断食法の事です。一般的に断食はダイエットを目的とする事が多いのですが、ダイエット効果だけでなく、内臓を休ませたり、排毒効果(デトックス効果)があったり、体の抵抗力を強めたりと他にも様々な効果があります。

 

 

内臓を休ませる理由
私たちの食は、食べる時間が不規則になりがちな事に加え、野菜不足、高カロリー・高たんぱく質中心、さらには高脂肪・高糖分と、昔に比べて内臓にかかる負担が非常に多くなっています。生活の中でこのような食事に多くの時間を費やしている場合、胃や小腸は消化吸収のために常に動いていて、かなりの負担がかかっていまい、さらに腎臓や肝臓にも大きな負担をかけます。食べ物が胃を通過したら終わりだと考えられがちですが、実は体の中ではその後も消化が続いています。消化にかかる時間は、胃で3時間、腸で15時間。合計18時間です。しかもこれは、消化に良い物を食べた場合の平均時間であり、実際はもっと時間が掛かる事もあるのです。三食しっかり食べた場合、消化吸収に必要なエネルギーはフルマラソン1回分ほどにもなります。一日食べない事によって胃や小腸を休ませることができ、他の器官の負担も軽くなります。

 

 

排毒効果について
もともと人間には自分の弱った部分を治す、『自然治癒力』が備わっています。いわゆる『生命力』です。しかし、前述のような食生活を送った場合、生命力は消化することばかりに使われ、体の中に溜まった毒素の排出に使うことができません。 その結果、生命力(自然治癒力)はどんどん弱まり、薬に頼りきりになり、さらに生命力が弱まる、という悪循環が起こります。断食をすると、今まで消化に廻っていた力がすべて排毒の方にまわり、体の毒素を一掃してくれます。その結果、今まで滞っていた自然治癒力の働きが一気に活発になり、体の状態がよくなると同時に抵抗力も高まるのです。
ただ、プチ断食をしたからといって、すぐに調子がよくなるわけではありません。まず体が良くなる前に、汚れや毒素を出そうとする作用が働き、それによる様々な現象が起こります。これを『好転反応』といいます。これは体がよくなる前の反応で、腰痛、肩こり、頭痛、吹き出物など、症状は様々です。プチ断食をしている間中、もしくは終わった後も続く事がありますが、症状が落ち着いた時、体の毒素や老廃物が排出されたということです。

 

 

プチ断食の方法
普段お仕事で動き回ることの多い方は、週末、金土日の三日間を利用して行うことをおすすめします。まず1日目、金曜日の夜は準備日です。夕飯をいつもよりも少なめにすることで、翌日の断食日に消化しきれていない食べ物が体内に残ってしまっていることが無い様にします。2日目の土曜日は本番です。この日は朝昼晩と水のみで過ごすと、とても効果的です。どうしても我慢出来ない場合には、甘味料を入れない野菜だけのジュースを手作りして、食事の代わりにしましょう。水分は普段の2倍量を目安に、たくさん摂取して下さい。これで断食は終了です。日曜日は回復食を摂取して体をいたわりましょう。急に体にたくさんの食料が入ってきたり、あるいは油物や甘いものなどが入ると、胃など体の器官に負担をかけます。朝食と昼食は、お粥など消化に優しいものを味わっていただいてください。夜も少なめに抑えましょう。回復食は断食期間と同じ位の日数をかけるとよいと言われています。

 

 

注意点、間違った方法
断食期間は3日までにしましょう。長期にわたって行うのは専門家のアドバイスが必要であり、一人で行うと危険です。断食中はコーヒー、タバコ、お酒などの嗜好品も摂ってはいけません。また、薬を服用中の方、妊娠中の方、内臓疾患のある方は、自己判断で行わないようにして下さい。

 

 

頻度について
頻度ですが、まずは月に一度試してみましょう。そのペースに慣れてきたら少しずつ頻度を上げてもいいのですが、自分の体調と相談しながら、続けられるペースで行うことが大切です。
週末に一度試してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

農場便り 4月

 

大地に春の光が降り注ぐ。幾万もの生命が宿る大地は、ゆっくり躍動する。ナナホシテントウが取り残しの白菜の中から顔を覗かせる。近年あまり耳にしなくなったヒバリの声が春の空高くに聞こえる。作業の手を止め、上空を見上げヒバリの姿を目で追う。高く上昇した姿はゴマ粒ほどになり、ホバリング(停止飛行)した後、大きな声でさえずりながら下降。20m位から一気に落ちるように地上に降り立つ様子に、幼い頃近くの麦畑でヒバリを見たことを懐かしく思い出す。
3月初旬の畑は一年で最も殺風景であり、周りの草だけが勢い良く伸びる季節でもある。冬の作物をすべて取り終えた畑には、秋に定植したニンニク、玉ねぎ、そしてまだ小さなキャベツの苗だけが畑に少し色を添える。牧野地区の畑で三重に掛けられた黒マルチの下の地中では、大きな株の里芋が無事に冬を越し、一株一株スコップで丁寧に掘り起こされる。春の気温が目ざまし時計となり、里芋たちを目覚めさせてゆく。この里芋は一般には出回らず、古代より大和の地に伝わって来た品種で、15年前に少しの種イモを分けていただき、毎年栽培したものの中から大きく形のよい物を種イモとして確保し増やしてきた代物である。ぽっちゃりとした俵型の姿は作り手を楽しませ、もっちりした質感と味は一般的な種類のものとは違う。この里芋のことは以前にも紹介させていただいたが、今一度書かせていただく。
種イモは、出荷用にと逐次掘り上げる芋の中から特に良い形をしたものを選抜し、もみ殻を掛け布団にして一冬寝かせる。4月、多くの中から選ばれた芋の子は口に運ばれる事なく、トラックの荷台に乗せられ畑へと運ばれる。土が隠れるほど堆肥が施された栽培予定地に120cmの畝を立て、50cm間隔で2条に丁寧に植え付けられる。堆肥の中で越冬した真っ白なカブト虫の幼虫が堆肥と共にばらまかれ、畑のあちらこちらでうごめく。赤ちゃんカブト虫はバケツに拾い集め、来年度使用予定の堆肥の中に寝かし付ける。6月下旬、成長したカブト虫は「お世話になりました」の一言の挨拶もなく大空へと飛び去って行く。
話を里芋に戻す。たっぷりの堆肥を施した畑土の畝に里芋を定植した後、畑全体に黒マルチを頭からすっぽり被せる。里芋は長期栽培のため、収穫まで約8カ月、その間は取れども取れども芽を吹く不屈の魂を持つ雑草に打ち勝つためである。強靭そうに見える里芋も、初期生育時の雑草の猛攻は致命傷となる。人手不足の当園で、マルチは頼もしい助っ人でもある。定植後2週間、針の先のような尖った芽がマルチを持ち上げる。芽の先は弱くすぐ折れるため、そっとつまみ小さな穴を開け、黄色い芽を出す。一週間に一度、畝間を見て回り、すべての芽を春の陽の下に誘い出す。芽の生長は早く、日増しに葉を大きく広げて行く。
5月下旬頃、食害に遭った葉が目に入る。黒色の中に鮮やかな緑色で飾られた大きな体の幼虫が休むことなく里芋の葉をモグモグ食し、後には大きなフンを大量に残してゆく。放っておけば足る事を知らぬこの幼虫に大切な葉を大量に食べられてしまう。毎年同じように勇気を振り絞ってこの大きな幼虫をバケツに集めて回る。20、30匹はいるうごめく幼虫に山の中に移動していただき、「二度と帰ってくるな!」と一言。
6月、気温も上がり大気中には多量の湿気が含まれる。少しの作業で全身から汗が噴き出す。里芋にとっては最高の条件が整いつつある。一気に背丈は伸び、私の背を越してしまう。梅雨は、里芋の最成長期の始まりでもある。大きなガクアジサイの花が湿りきった空間を美しく輝かせる。梅雨も終盤に差し掛かり、時折大粒の雨が大きく広げた里芋の葉を叩く。まるで小太鼓を叩いたかのような音が、雷鳴の中に聞こえる。力強い日の光と共に梅雨前線は去り、夏が日本列島を包み込む。強烈な日射しに焼かれ、里芋の葉の一部が薄く茶色になる。それでも中心部の生長点からは次々と若い葉が芽吹く。
7月下旬より水入れが始まる。水路を流れる谷水を一気に芋畑に流し入れる。お盆前には畝いっぱいまで通路に水を入れるも、2時間も経てば土中に吸収される。乾いた土は、音を立てるかのように水を土中に吸い込む。里芋は土中の肥料と水分を十二分に吸収し、畑は里芋のジャングルと化する。そんな中でも雑草は芽を吹き、養分をわが物顔で吸収し、いつの間にか大きく育つ。放っておけば雑草の楽園となるため、水を入れ、土が柔らかくなった頃を見計らって草を手で抜き取る。稲の葉が風に揺れ、波のように田んぼの中を走る。ぬるい風が大きな里芋の葉を揺らす。今年孵った雨ガエルの小さな子供が里芋の葉にしがみつき、大きな葉は子ガエルのベッドとなる。芋畑の上空をアキアカネが舞う頃、里芋の葉は大きく育った葉から順におじぎをしてゆき、やがて地上部の生命は終わりを告げる。その頃、地下部には春に植えた親芋にたくさんの子供が育っている。
11月下旬、上部の太い茎をカマで刈り取り、上に使い古しの黒マルチを二重に掛ける。のべ3枚のマルチが、これから迎える冬の寒さから子芋を守る。古マルチの隅々にスコップで土をのせ、冬風にたなびく古マルチを落ち着かせる。30mのマルチを扱うのは大変で、時折吹く金剛おろしが、友禅流しのように黒マルチをなびかせる。
晩秋から初冬へと季節は移り変わる。食材も冬の物へと姿を変える。スコップを片手に里芋を掘る。地中からまん丸い里芋が顔を出す。まるで子芋が迷子にならないよう、親芋がギュッと手を握りしめ護っているかのようである。親芋と子芋の別離の時、親芋から子芋が外され、コンテナの中へ。その子芋の先端には、すでに小さな芽が覗いている。自身の養分で育てた子芋の旅立ちであり、その後親芋は寒空の下、農場に置き去りにされ、親としての役目を果たし生涯を終える。北の地の鮭の一生と重なる。
子芋は泥や根を掃除し、美しくなったところで各家庭の台所へと迎えられる。力強い里芋の生命力は、大地の大きな生命を自らに宿らせ、他の生命を育む。主食になり得る大自然からの授かりものである。寒中にも拘らず小さな芽がつく里芋は、正月の祝いの膳には欠かせない一品でもあり、寒い冬、温かい汁物で暖をとる食材としても重宝される。余談ではあるが、日頃から家人より悪者扱いされている夕食の際のビール、このビールの空き缶は当園の里芋栽培に於いてモグラ、ネズミの害から愛する芋たちを守ってくれる正義の味方で、空き缶を細工し風車を作り、畑にたくさん立てておく。風が吹くたびに空き缶風車はガラガラと音を立て勢いよく回る。この音にモグラは恐れおののき、近付く事が出来ず、モグラの穴をバイパスに食害を繰り返す野ネズミの害からも逃れられる、という取って付けたような話である。ビールは苦水、里芋を守るため今夜もせっせと栓を抜く。本年も後1ヶ月で親芋の植え付けを迎える。
里芋と同じサトイモ科にタロ芋がある。南国では主食とされ、住民の生の糧となる。タロ芋などのイモ類を主食とする食文化を持つ国には貧困にあえぐ人々が多くいる。食材輸入大国の我が国は毎年5,500万トンもの食料を輸入している。その内1,800万トンもの食料が廃棄されているのが現状である。試算すれば、我が国で生産されている農水産物の全額とほぼ同額が捨てられる事になるそうである。世界の穀物の生産量は24億トンで必要量の2倍が生産されているという。先進国で使用する穀物の6割は家畜の飼料となり、それが肉や乳製品に変わる。その一方、地球上では一日4万から5万の生命が飢えにより絶たれている。その殆どが幼い生命である。大自然の恵みを本来必要としている人に分け与えられる事を心より願う。
春は分け隔てなく人々の頭上より暖かい光を照らす。植物や鳥、昆虫など全ての生命は大きく躍動する。「大地を耕し額に汗をする」それは大きな力となり、人々の食の喜びや生命の喜びとなる。大きく前進、耕人の季節は今始まった。

 

ビールは苦行の農場より