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慈光通信 第220号

2019.4.1

食物と健康 1

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、1991年1月 日本有機農業研究会発行の「梁瀬義亮特集」に掲載されたものです。】

 

1.日本人の健康状態

 

医学の発達、医療施設の完備と病人の多発

現在、日本人の健康状態を見ますと、医学は非常に発達し、大学では素晴らしい医学理論が盛んに説かれ、あるいは医療施設が整えられ、大きな製薬会社が栄えています。それにもかかわらず、現実には、病人はますます増える一方なのです。どんなに医療設備がなくても、ただの漢方薬だけしかなくても、この日本から病人が消えてなくなりさえしたら、それこそ医学の勝利です。どんなに理屈が立派でも、どれほど医療設備が完備しても、病人が日本の社会にあふれるようでは、これは医学の失敗と言わざるを得ないのでございます。
実例を申しますと、現在日本人の心臓血管系の障害を持つ者は、大体国民の42.8パーセントという驚くべき数字が出ております。中学生、高校生にして、既に動脈硬化、あるいは高血圧を示す者が、非常に多くなりつつある、ということが報告されておるわけです。
また精神病は、わずか5年の間に5倍に増えてきた。これは精神病院に収容された患者数ですから潜在性の者を加えると大変な数になると思うのです。あるいは最近40歳50歳の、最も男盛り、一家の中核になる方々が、ポックリ、ポックリと、いわゆるポックリ病として、原因がわからない死に方をしているというような事態が、非常に深刻に報じられているわけです。
また、最近は子供の出生が非常に少ない。また妊娠中絶が勝手に行われている。明治時代を生き抜いてきた年寄りが、現在の保護一点張りの社会環境に於いて長生きしておる。そういうことから、一応見たところ、平均年齢が延びたように見えるのですが、統計学者の話を聞きますと決して実質的な生
命が延びたわけじゃない、ということを聞いたのが五年程前のことです。果たせるかな一昨年くらいから、具体的に現れてくる平均年齢も、だんだん下がりつつある、という事態がおこっております。
胃癌、白血病、これがすでに幼児、児童にも現れてきておりまして、小児の死亡率の最高が交通事故、そのつぎがすでに癌になってきておる、という深刻な事態になっています。
また肝硬変の多発……、肝臓細胞が侵されて、その末期的症状である肝硬変の激増ということも、実に憂うべき社会現象です。肝炎の会というものが、全国大学の少壮医学者によってつくられていますが、この方々のご報告をうかがいますと、まったく驚くべき状態なのです。

日本人の体力

一方、病気ではなくて、健康な人である日本人の体力はどうであるのか。これについて、一つのデーターがあるのです。1968年のメキシコオリンピックの時に、国際青少年キャンプが行われました。その時共産国は事情あって参加しなかったのですが、世界中の国々の青少年が参加して、体力テストをやったわけです。そのテストの結果は、日本が世界で最低だったのです。日本の青年の体力は欧米の女子の体力ぐらいしかなかった。日本の女子の体力は全く問題にならなくて、一般の嘲笑をかったくらいであった。このことは、皆さんもテレビでご覧になったかと存じます。
こうした、悲しむべき事態が起こってきているわけです。
医療費は、1956年に300億であったのが、1966年には1兆3000億にハネ上がっています。物価上昇もありましょうが、これは驚くべき数字であります。現在統計学者のお話を伺いますと、この調子でいくと、30年後には、日本人の3分の2は病人になってしまう、というような報告を最近読みました。
以下、次号に続く
苺から危険な残留農薬

小さな子供からお年寄りまで、みんなが大好きな真っ赤で可愛い苺。苺の農薬の平均使用回数は50から65回。出荷前日まで農薬を散布する農家もある。苺栽培でよく利用される農薬の中には、EUで使用禁止になっている成分もあり、中でもプロシミドンはWHOで胎児への悪影響リスクが指摘され、ネオニコチノイド系と呼ばれる成分は神経毒性が不安視されている。これはミツバチの大量死の原因ではないかと疑われている成分でミツバチの方向感覚、運動感覚を麻痺させ死に至らしめるという研究報告がある。害虫が死んでしまうような成分を小さな子供が口にするということはあってはならない。

農場便り 4月
平成最後の農場便りとなった。日増しに陽光は、はじける春の光へと変わってゆく。草花が咲き誇り、蜜を求め多くの虫たちがせわしなく花から花へと飛び回る。
ひと冬かけて一年間の日焼けを戻した美肌は、春の陽射しでまた小麦色に焦げてゆく。暖冬であったせいか、春キャベツが早く成長し、葉の中心で大きく結球する。暖冬は作物だけではなく、雑草にも暖かな光の手を差し伸べた。キャベツの間の通路に生えたイタリアンライグラスを刈り倒し、2月下旬よりみずみずしく柔らかい春キャベツの収穫が始まった。列を乱すことなく結球した春キャベツを隅から順に専用の収穫ガマで切り取り、外葉を一枚残してコンテナに詰めていく。約10?13個がぎっしり詰まった大コンテナを肩まで持ち上げ、トラックまでの最長50mの畝間を担いで運ぶ。肩まで上げるときの掛け声はウエイトリフティングの選手並み、歩く姿は山小屋に荷物を上げる歩荷のようである。収穫は4月中旬まで続く。
春キャベツは、葉が柔らかいのが特徴で、主に生食用としてサラダなどに使われる。春の陽射しのように柔らかい葉は、冬を越す時、凍傷にかかり易く、カマでザクッと切り株の外葉を外した時に傷みが見つかる。ニンマリしていた顔がくもり、サッカーボールばりに蹴っ飛ばしてやろうか、と悪魔のような思いが頭をかすめるも、そこは大自然に生かされている耕人、腐りの入ったキャベツを大地に転がし、こころざし半ばで土に返るキャベツを見送る。
化学的な農薬を多用する一般の栽培に比べ、当会農場のキャベツはJAS法で許されている天然農薬でさえも一切使用せず、有機肥料のみで育てている。中には、多少出来の悪い子も顔を見せるが、小さな種に宿った生命力を最大に表現した結果であろう、とありがたく頂戴する。
キャベツの隅に育つ白く大きな物体はカリフラワー。年内の生育が一ヶ月半も遅れ、3月に収穫が始まった。大きなカリフラワーは収穫までにかなりの時間を要し、7月中旬に播種をしてから半年をかけて生育し、サラダやシチュー、グラタンなどで味わう事の出来る作物である。
カリフラワーの作業と時を同じくして初夏から夏にかけて収穫を行うブロッコリーやキャベツの脇芽を摘み取る作業に入る。暖冬とはいえ、これらの野菜の小さい苗は、何度か畑を包み込む寒波に見舞われた。小さな苗は、見た目以上にストレスを感じると、第4葉位の葉の付け根に新しい芽を出す。この脇芽を放置すると、先端に追いつけ追い越せとばかりに養分を吸収し、5月頃にはどれが主枝かわからなくなり、4?5本に育ったキャベツの結球部分は小さくなり、キャベツとしての評価は低くなる。ブロッコリーも同様である。
腰をかがめて脇芽を一本一本取っていく。小さい芽は太い指では取りにくくイライラ、従来の根気のなさも手伝い、他に目が行きがちになるのをじっと堪え、細々とした作業を何とか無事に終える。キャベツ600株、ブロッコリー400株に二日を要した。
作業を終えた株に目をやりながら、心は既に結球したキャベツ、大きく頭を持ち上げたブロッコリーの姿を想像する。取らぬ狸の・・・とはまさにこのことであろうか。
二日後、キャベツ、ブロッコリーの見回りと里芋の収穫に畑へとトラックを走らせる。すっきりした両作物は、すべての養分を独り占め出来るようになったのか、成長を感じる。
車から降りると同時に、鳥の群れが飛び立つ光景が目に入る。
「しまった!」時遅しと全身から力が抜ける。早春の野菜の最大の敵はヒヨ鳥である。他の畑は何度か食害を受けたが、ここは大丈夫と高をくくっていた。憎たらしい姿と下品極まりない鳴き声、畑にある作物はことごとく食害を受ける。周りの林や木立をねぐらとし、一年を通して見かけないときはない。普段は単独で行動するが、この時期のみ群れで行動する。
彼らは知ってか知らずか、まず有機栽培の当会の野菜や果樹を口にする。「あっぱれ」というしかない。幾度となく近代農法の危険性を説明させていただいても響かない人間よりも、鳥や獣は少しばかり利口なようである。
彼らはまず無農薬キャベツからご相伴にあずかることにしたようで、少々年を取った白菜には見向きもしない。とがったくちばしで、まだ幼いキャベツの苗をついばむ。何十羽のヒヨ鳥がお腹いっぱいまで食すると見る見るうちにキャベツ畑の風景が変わる。ヒヨ鳥はその植物の生命が危ぶまれるまで遠慮会釈なく徹底して食害を繰り返す。一度畑に取り付くとしつこく、神経が図太いのか、色々と手を尽くしても一向に効果は現れない。鳥おどしを設置しても、リーダー格の一羽がまず近くの木の高所からじっと畑を見つめること30分。その後人間が去ったのを確認すると、あのおぞましい鳴き声で仲間を呼び、何十羽ものヒヨ鳥が一斉にキャベツ畑に舞い降り、みずみずしいキャベツの葉をついばむ。私が駆け寄り脅してもまた同じことの繰り返しである。後は天命を待つのみ、と大空に手を合わせるしかない。約半月の間、キャベツの葉を食い荒らしたヒヨ鳥はキャベツの味に飽きたのか、それともようやく血液サラサラになったからなのか、他の食物へと姿を消した。
思い起こすこと数年前、巣から落ちたヒヨ鳥の子を拾って大切に育て、室内を自由に飛び大きくなったところで大空へと放したことを思い出す。ツルの恩返しどころか、ヒヨの恩返しはこういう形で現れ、お人よしも度が過ぎたようである。
鳥の食害から半月経った現在、キャベツは自身の外葉をあきらめ、内側の葉を大きく外葉のように育てようと懸命に努力をしている。私に出来るお手伝いは条間に追肥として美味なる綿実油粕を入れることだけである。おそらく結球するキャベツの球は従来のものより一回りも二回りも小さくなることであろう。春の夕べ、一人畑でキャベツ相手にぼやく私である。
畑の害といえば、西の横綱はイノシシ、東の横綱は日本ジカ。中でもイノシシは春になって食欲旺盛。ひと冬食べ尽くした山の食料は、残すところデンプン質の宝庫であるわらびの根だけとなった。山全体の地形が変わるほど掘るわ、掘るわ。昨年の暮れに半日かけて直した道も、既に見るも無残な姿となった。横綱イノシシのおかげで山の農場は三年間放置を余儀なくされた。種を蒔けども蒔けども、イノシシとシカが跡形なく食害を繰り返すため、ついに匙を投げた。が、昨年の晩秋、「当会農場の中心である畑をいつまでも放置するわけにはいかない、もう一度山の畑で作物を。」と考え、防獣用の金網を設置することにした。害獣ごときに大きな顔をさせてはならぬと奮起する。年寄りの冷や水にならぬよう十二分に案を練る。
まずは、メジャーで畑全体の距離を測る事から始まり、金網だけでも2トン近くのものが届く。初めての作業ゆえ緊張が走る。まず、設置する場所に鉄杭と鉄柱、そして金網を畑の周りに並べてゆく。次に大地に大ハンマーで何百本もの鉄杭を打ち込む。真冬にもかかわらず、額には汗が滲み、一枚、また一枚と服が脱ぎ捨てられてゆく。打ち込んだ鉄杭に鉄柱を差し込み、そこに金網を止めてゆく作業を4日かけて全長400mを無事張り終えた。
金網で囲まれた畑は、また息を吹き返し大量の作物を育んでくれるであろう。一日も早く3年間のブランクを取り戻すことができるよう、完熟堆肥を山のように運び込み、肥沃な土へと変えていく。しばらく放置していたため浮き上がった大きな石を拾い、復活計画と作付け計画を書き上げ、晩秋の農場を後に家路につく。作業4日間の行程を我が家の御大将、家人に飽きもせずできる限りの尾ひれをつけて報告。やや上がり気味のテンションに駄犬も席を外す。
翌日、朝一番の仕事は、金網を張り巡らせた畑に完熟堆肥を運び込む事から始まる。3年間の放置は大きく土質を変えてしまった。畑全体に所狭しと運び込んだ完熟堆肥をトラクターで隅々まで厚く広げ、耕運してから後一カ月おいて堆肥と土をなじませる。トラクターで耕運中、後部のロータリーから「ドスン」と鈍い音が響いた。トラクターの爪が大きな石をかき上げたのだ。トラクターを止め、後ろに回り大きな石を取り除く。直営農場の開墾当初、来る日も来る日も石拾いをした時のことを思い出す。開墾間もない時の土から比べれば、ずい分よくなったものだが、まだまだ荒れた土で良い畑の土とはいい難い。
3月上旬、山の畑にと準備していたキャベツ、じゃが芋を定植する。以前、じゃが芋を作付けした折、あと僅かで収穫という朝、畑を見回り腰を抜かさんばかりに驚いたことがある。昨日まで大きく元気に育っていたじゃが芋は跡形もなく、すべてイノシシの胃に納まってしまっていたのだ。リベンジの時が来た。あの出来事以来、じゃが芋栽培は別の畑で作付けを行ってきたが、本日、ようやく金網に囲まれた畑に自信を持って一つ一つ種イモを植えていく。キャベツも一苗ずつ素手で大事に植え、3年ぶりに山の畑土を掌に直に感じる。
定植後、苗に水を与えて作業は終了する。倉庫の中で冬眠していたホースをたたき起こし、蛇口につなぐ。水中ポンプのスイッチをONにし、ポンプは勢いよく水を送る。足早に蛇口の所へ駆け戻り、栓をひねり、ホースを持って水の来るのを待つ。しかし、待てども水は届かない。倉庫に目をやり辺りを見まわすと、何と畑の隅で水が吹き上がっているではないか。まさにイエローストーンの間欠泉。「神様が、日々農に精を出す私に温泉をお与え下さったのか?それとも石油?」などという余裕はなく、すごい勢いで吹き上がっているのは、水中ポンプが力強く送った水槽の水である。「ヤバい!」私の口から今の若者の言葉が飛び出す。倉庫に一目散に走り、スイッチをOFFに、メインバルブを力強く締める。間欠泉の勢いは落ち、私の心も落ち込んだ。
原因はすぐに判明する。鉄柵の工事の際、力強く大地に打ち込んだ4cm角の鉄杭が水道管を貫いたようだ。この広い農場でたった4cmの杭が、たまたま通っている細い水道管に命中する。まさに奇跡、三十三間堂の通し矢よりはるかに低い確率。何か事を行う時、マイナスに働くことにかけては私はまさに天才である。
すぐにパイプのオペをとり行う。メスではなく、先の鋭いスコップで土中1メートルのところに埋まる塩ビパイプを探し出す。確か何十年も前、農場の配水管工事は私が行ったはずである。この位置にパイプが埋まっているとは……。過ぎ去った歳月はすべてを忘れさせる。かなりの長さを掘らなくては作業が進まないのだが、張った金網が作業の邪魔をする。6メートル掘り進み、穴の開いたパイプを切り取り、新たなパイプをつなぎ替える。最後の力を振り絞り、無理やり力任せにパイプを差し込む。何とか無事にオペを終え、患部は美しい姿となったが、接着ボンドが乾くのに時間を要する。
翌日、再度ポンプのスイッチをON、蛇口を全開にして消防士スタイルでホースを持ち、ポーズを決め水の到着を待つ。
が、またしても水は来ない。待つこと5分、なんと前日の手術のところから10メートル下でまたしても間欠泉が吹き上がる。鉄杭は一か所ならぬ二か所までもジャストミートしていたようである。朝日に輝き、金網に囲まれた広々とした畑の中には、二度目の間欠泉を目の当たりにし、腰から砕け落ち大地に手をつく私の姿があった。あとは皆さまの頭の中に広がるみじめな光景をご想像いただくことにする。
春しぐれがすべての生命に息吹を吹き込む。長く張り巡らせたフェンスの中には4月1日現在、キャベツ、ブロッコリー、小松菜、人参、大根、そして美味なるゴボウの植え付けと播種を行った。これらが大きく育つ姿を願い、夢見る。以前のような美しい畑に一日も早く戻ることをただただ願う。
山桜が咲き始め、うぐいすの歌声が春がすみの山々にこだまする。蒔かれた種子は条件が整うと一斉に発芽を始める。しかし、雑草はいくら条件が整おうとも一斉に芽を吹くことはない。賢い雑草は、どんな自然環境になろうとも種の保存を永遠に続ける。素晴しい生命力が小さな種に宿っていることに賛辞を送るが、願わくば当会の農場では出来るだけその力強い生命力を持って繁茂することをご遠慮願いたい。
野の草とは反対に、栽培を行う作物は春の陽を浴び、フェンスを張り巡らされた畑の中で耕人によって暖かく見守られ、害獣から守られるかごの鳥となり、大地を耕す私はかごの豚となった。山には、待ち焦がれた美しい春がやって来た。

令の字に冷たさを感じる農場より