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慈光通信 第197号

2015.6.1

あなたの健康を左右する食生活 今こそ誤れる栄養学の転換を 1

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、1973年(昭和48年)4月発行の毎日ライフに掲載されたものです。】

 

 

現代医学の欠点

 

 

生命が直接関係しない工学の分野では、人間はかなりの成功を収めたが、生命と直接関係のある医学や農学の分野では、まだまだである。大病院や大製薬会社はたくさんあるし、医学理論の展開も、それなりに華々しい面はあるが、しかし、病人は巷にあふれているのである。
抗生物質の発見によって、老人は長生きをし、乳幼児の死亡が減ったので、平均寿命は延びたが、半面若年者、中年者の急死、ガン、白血病、肝硬変、心臓血管系疾患などいわゆる退行性疾患による死亡例の多発は驚くべきものがある。(農学部門でも同様で、農学の発達にもかかわらず農民は病虫害の多発と品質の低下に苦しんでいる)。
なぜこうした現象が生じたのか。それは、医学も農学の研究も、生命のなくなった死体の分析から得た知見、あるいは個々の臓器から得た知見から、生命ある人間の健康と病気を解明しようとしてきた研究の在り方に大きな欠点があるからである。工学の世界では分析によってその機構が分かり、これを再び組み合わせることで元のものを再現できるから、分析という方法は事実解明の最高の方法である。しかし生命体ではそうはいかない。分析したものを組み合わせても、もう生命という事実は失われて、別の物になっている。動物実験も、動物はそれぞれ異なった生命力を持つ異なった生命体であるから、動物実験を基にした現代医学には大きな欠点がある。
生きた人間をありのままの姿で観察し、健康と病気の原理を現実の姿でとらえ、病気の克服、健康の維持、増進をその時点で行う事が医学(農学)の基本的方法となるべきで、分析と動物実験はあくまで補助的な意味で使われるべきである。例を結核にとると、現代医学は結核患者を分析して、結核菌に到達した。結核菌の純培養は成功し、濃厚感染させた実験動物に結核症を発病せしめ得た。結核症の原因が結核菌
である事は、現在誰も疑わない。
しかし、動物実験におけるような濃厚感染が現実におきて、それで結核患者が発生するだろうか。結核患者の体内に結核菌が発見されるという事実と共に、体内に結核菌を持っていても発病しない人が九八%以上いる事実がある。だから生命体がある状態になった時、結核菌はその体内で繁殖せざるを得なくなると考えるべきであり、この状態こそ結核症の最終原因である。結核菌が体内で繁殖をせざるを得ない体の状態をそのままにして、菌だけを抗結核剤で抑えても、それを中止すれば再び菌が増殖する公算は極めて高く、現に死亡こそしないが全治もせず再発を繰り返す患者の多い事が問題になっている。菌のみを重視する現代医学の対策は応急処置としては意義があるかもしれないが、根本的対策ではない。
病気も火事と同様で、生活という火元の時点で正しい態度をとれば、至って簡単に撲滅できるのである。いま一つ医薬品を今日のように日常生活の必需品に濫用するのは危険である。医薬品は大部分石油化学の産物であって、人体には異物である。これによって病気を治そうとする事は、応急処置としては許されようが、常用して病気をなくし、健康を守り、かつ増進させようとするのは誤りであり、不可能でもある。現に、医原病として医薬品が原因になる病気が問題化している。
(以下、次号に続く)

 

 

梅雨と洗濯

 

全国的に梅雨入りとなり、一年で一番じめじめとする季節がやってきました。
この季節、憂鬱なのは洗濯物がなかなか乾かないこと、そして乾いた洗濯物もなんだか臭うことです。
衣類を綺麗にするはずの洗濯機がなんだか黒ずんでいる・・・ということはありませんか?
世間では洗濯関連の薬剤がたくさん販売されていますが、環境や人体に悪影響を及ぼす薬品を使ったものが非常に多くなっています。そこで今回は環境にも人体にもやさしい「酸素系漂白剤」を使い、洗濯物も洗濯機も綺麗にする方法をご紹介します。

 

 

〈 洗濯 〉
まず、衣類の嫌な臭いの原因は、生乾きのときに繁殖する「菌」が原因です。わずかな湿気でも菌は繁殖するので、乾燥させている間に10倍以上にも増えます。
これを防ぐのに大切なのは「溜めこまないこと」と「除菌すること」。
まず、次の洗濯までの間に汚れた衣類を洗濯機の中に溜めこむことは止めましょう。適度な湿気で密閉された洗濯機は菌の宝庫です。
洗濯前にしばらく置いておく場合も通気性のよいカゴに入れておきましょう。
ただ湿度の高い今の時季は、気を付けているつもりでもカビが出てきてしまったり、臭いが出てしまったりすることもあります。
そこで繁殖した菌を死滅させるのに非常に有効なもの、それが「酸素系漂白剤」です。
酸素系漂白剤を購入する際は、合成界面活性剤や合成香料、着色剤などが入っていない、過炭酸ナトリウム(酸素系)だけ使用した物を選びましょう。
漂白剤といえばシミや汚れを落とし、衣類を真っ白にするというイメージが強いのですが、正しく使用すれば生地も傷めず、色柄も色あせることなく洗えて除菌、殺菌もできます。

 

 

〈 洗濯物の臭い取り 〉
まず臭ってしまった物は柔軟剤を使わずに洗濯してから、その中にバケツ一杯分の50度程の熱いお湯に酸素系漂白剤を半カップ程入れてよく溶かしたものを入れ、10分程回してそのまま 1、2時間浸け置きし、その後よくすすぎます。これで臭いはなくなります。
次に、洗濯槽の掃除についてです。どんなに丁寧に使っていても、洗濯槽には必ずカビが繁殖します。これが洗濯物の臭いの元になり、それだけではなく、衣類に付くカビの原因にもなります。
これを防ぐのに非常に効果的なのが酸素系漂白剤を使った洗濯槽の掃除です。

 

 

〈 洗濯槽の浄化 〉
1.洗濯機に50度位のお湯を高水位で溜めます。洗濯機につないでいる蛇口が水しか出ない場合、熱湯を沸かして水に足すといいでしょう。お風呂の残り湯に熱湯を足しても使えます。
2.酸素系漂白剤を500gから1kg、たっぷり入れます。
3.「洗い」コースで3分から5分撹拌します。これを寝るまでに2、3回しておきます。
4.一晩置いて、もう一度だけ「洗い」コースを5分行い、浮いて来たゴミをすくって「排水」、「脱水」までします。
ここまで最初に入れたお湯を変えずに行います。
5.洗濯槽に新しく綺麗な水を入れ、「洗い」「すすぎ」「排水」「脱水」の一通りの洗濯
コースを行います。

 

 

*ポイント
洗っている最中からどんどん黒カビが浮いてきます。浮いて来た黒カビは100円均一などでも売っている細かい目のアミですくって捨てて下さい。

 

 

スタッフが試してみました
(体験レポート)

 

 

まず、手順にそって酸素系漂白剤を入れ、洗濯機を回します。我が家は57リットルの洗濯機に対して750gの漂白剤を入れました。
すると1分程で黒いカスのようなものがぽつぽつと回り始めました。これは黒カビです。
5分ほどするとこの黒カビのカスはもっと増え、それから2時間の間に後2回同じ操作を行いましたが、2回目からは数え切れないほどのカビのカスが浮き、3回目にもなると恐ろしい程の量になりました。
3回目が終わった時点で5時間程そのまま置き、もう一度「洗い」コースを行います。その時点で水面は黒カビや石けんカスのようなものでほぼ覆いつくされ、水も随分濁っていました。
実際行ってみてわかったのは、出てきたカスは出来るだけこまめに取り除かないと、最後に行う新しい水での洗濯の際、槽内に残った汚れがたくさん残ってしまい、なかなか綺麗にならないことです。この作業にアミは必須です。
私は今回どれぐらいのカビが出てくるのか実際に見て確かめたかったので、途中のアミですくう作業をほとんどしませんでした。その結果、最後のすすぎの段階になってカビが取りきれず、何度も水を入れ替えなければならなくなってしまいました。また、作業には思ったよりも時間がかかるため、翌朝時間の取れる日に行った方がいいと思います。
でも本当に綺麗になり、、効果を実感することができました。
定期的に掃除し、この状態を保っていこうと思います。

慈光会では、以前から洗濯槽用のクリーナーも取り扱っていますが、酸素系漂白剤が洗濯はもちろんのこと、洗濯槽の掃除にも同様に力を発揮することがわかりました。
洗濯に悩まされるこの時季、一度試してみてはいかがでしょうか。

 

 

 

農場便り 6月

 

5月下旬、山々の咲き乱れた春の花は散り、湿気を含んだ重い風が、うの花の香りを運ぶ。クマンバチが縄張りに入る虫をひたすら威嚇する。小石を投げてみる。クマンバチは敵と思いこんだ小石を空高くまで追いかける。これは、私が毎年行う恒例行事でもある。
去る4月14日 春とは思えない高温が、春ゼミを刺激し、遠くの山々でセミの声を聞く。ホトトギスが大きな鳴き声を上げ、山から山へと飛び渡って行く。目や耳で初夏を感じ取り、五感で一年を感じる。
4月、播種を行い、10cm位に成長したゴボウの畑の除草を行う。条間は管理機で行うが、ゴボウの近くに覆い茂る雑草は全て手取りで行う。一筋50メートルを6本、大きく育つ雑草を見るとため息が出る。ゴボウの赤ちゃんも「早く除草を」と畑から叫ぶ。これも屈み仕事を苦手とする私に与えられた試練と、ぽっこりお腹にぶつくさ文句を言いながら、一日中這い回る事3日、やっとゴールが見えた。「てっぺんはげたか」と大声で叫びながら頭上をホトトギスが飛んで行く。「まだ禿げてないぞ!」大空に向い、大声で言い返す。3日間除草を行うと、少々脳細胞が崩壊していくようである。
目を畑に向ける。人里離れた山中で咲くうの花の純白に代わって、少々紫がかった花が今、畑一面で満開となった。人類究極の食材、じゃが芋の花である。見た目は美しさに欠けるが、地に足が着いている感じがあり、目立たない所もまた憂いを醸し出す。今回はじゃが芋の隣りで天にツンと尖った葉を向ける玉ねぎ(畑で作業する私をプラスすると肉じゃがの完成・・)の栽培を紹介させていただく。
ここ30年余り、当会の玉ねぎは、玉ねぎの産地でもある和歌山の中田農園一戸に頼って来た。しかし中田さんもご高齢のため、無理をせず、協力農家全員で一年の必要量を作付けする事となった。2014年11月当園で35年ぶりに玉ねぎ栽培が復活した。玉ねぎ栽培から長らく遠のいていたためか、栽培にあたり幾ばくかの緊張と不安が走る。しかし「何とかなるさー」の素晴らしき精神で取り組む。
2014年10月中旬、圃場作りを行う。玉ねぎは肥料を大量に要する大飯喰らい。肥料切れを起こすと春先、たちまちネギ坊主が顔を覗かせる。10a当たりに換算すると12トン、石灰160kgを散布し、トラクターで荒起こしし、定植10日前に畝上げ、そして畝上に油粕を一畝に半袋を撒き、管理機で中耕、そして黒マルチで畝を覆う。これから迎える冬の北風にマルチをめくり上げられないよう、土をしっかりかけ、風害から守る。
11月初旬、定植の日を迎える。約12cm間隔で自家製ヤリでマルチに穴を開ける。微妙な力加減で土にも小さな穴を開け、その穴に玉ねぎの苗を挿していく。強靭なパワーを持つ玉ねぎは、挿すだけで活着し、生育を始める。挿し終えた小苗は同じ方向に横たわり、その後たっぷりの水を与える。腰の痛さは一晩残る。一週間もすると苗の中央部の小さな葉が空を指す。根が無事活着したようで、11月下旬、コスモスの花が寂しげに北風に揺らぐ頃、小春日和の暖かさも手伝い、玉ねぎ苗はすくすく育っていった。
北風が本格的に吹く12月、霜により穂先が少し黄色くなる。じっと耐える厳冬期、上部の成長は止まるが、土の中では真っ白な根を力強く大地に伸ばしてゆく。2月、畝の上の黒マルチに薄茶色になって枯れる玉ねぎの葉が目に付く。幼い葉が寒さに負けて凍り、枯れる。植物は本葉の成長と共に幼葉は枯れ落ちる。幼葉を押しのける勢いで中心部の黒々とした本葉は寒さに負けることなく北風に耐える。玉ねぎの植穴からのぞく雑草を取る。「上農は草を見ずして草を取り、下農は草を見て草を取らず。」殆どが下農に属する私であるが、久しぶりの玉ねぎ栽培の緊張ゆえ、日々持ち続けているポリシーを忘れてしまい、小まめに草取りを行う。玉ねぎは強健ゆえ、定植から収穫までの作業は限られている。ただ肥料管理だけは怠ってはいけない。隣の畝から、大きく育ったじゃが芋がじっとこちらを見ている。
4月、モンシロチョウが玉ねぎのお隣さんのキャベツ、ブロッコリーの上を優雅に飛び回る。時折、大きな葉の裏をめがけて着地し、産卵する。そしてまたヒラヒラ飛び回る。その数何十匹。
5月初旬、黒マルチの上から根元を抑えると球状の物が手のひらに感じられた。そこでニッコリ、いよいよ玉ねぎ栽培の最終段階へと入った。とは言え、特別な事は何一つするわけでもなく、ひたすら祈るだけである。5月中旬、晴天が続く。畑の土はカラカラに乾燥し、作物は水分を求める。気温も上昇し、30℃を超える日が続く。5月26日、朝から快晴、いよいよ玉ねぎの収穫の日を迎えた。大きく育った葉の茎が自然に折れ、地上部に横たわった時が収穫適期。一本一本力強く引っ張り抜く。まだ球全体は白く、地上に並べられていく。周りの匂いは玉ねぎ一色となり、時間が経つにつれ強烈な臭いが鼻をさす。抜き終え、畝一面に並べられた玉ねぎは圧巻で、その出来は「100点満点中120点」。人には厳しく、自分には甘いポリシーは今も健在。7、8個の玉ねぎの首をまとめ、細い紐で結える。左右に結えて弥次喜多に。底に紐を回し、フンドシにし、自身の持つ重さで紐が締まり、乾燥しても抜け落ちる事はない。縛られた玉ねぎの束をトラックの荷台に積み込み、山の農場へ。玉ねぎ小屋につるされ、約2カ月間乾燥させる。その夜、きつい玉ねぎ臭が手から抜けず、一晩臭いに悩まされる。7月下旬、吊るされていた玉ねぎを下ろし、茎と根を切りコンテナへ。日々30℃を超える気温から2℃の冷蔵庫へ、冷やすことにより芽の動きを抑え翌年の3月まで逐次出荷される。
強い生命力を持つ玉ねぎを多く食す事により、その強い生命力は体内に宿る。旧ソ連、アメリカが進行し、撤退を余儀なくされたアフガンの山岳民族は、原種に近い玉ねぎを現地調達し、生で食し、強靭な肉体と生命力を養う、と以前書物で目にした事を思い出す。
美しい夕日が早苗の植えられた田んぼの水面をオレンジ色に輝かせる。お日様は、次第に和泉山脈にその姿を消す。最後の作業は小さな葉物野菜への水やり、それも終え、ホースを片付けポンプを荷台に積み込む。西の空を染めたお日様の姿は山の向こうへと消えた。西風が心地よく頬を撫で、自作のモグラ風車をゆっくり回す。トラックを駐車場に止め、一日が終わる。駐車場の前の鎮守の森も闇に包まれた。「ホーホー」フクロウが鳴く。この町の中で、と耳を疑うも又、鳴き声が耳に届く。一年前、年甲斐もなくオヤジがハリー・ポッターになった日を思い出す。「あの時のフクロウは元気に夜空を飛びまわっているのだろうか」などと思いを馳せ、姿の見える事のない漆黒の森の中、フクロウの鳴き声の方を目で追う。「ホーホー」大樹の中、フクロウの声だけが響き亘る。間もなく梅雨を迎える6月初旬、一日の作業を終える。

 

 

毎日一個の玉ねぎを食する耕人より