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慈光通信 第166号

2010.4.1

食物と健康と農法 5

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、昭和53年(1978年)4月15日 くらしの研究会主催 寝屋川市で行われた梁瀬義亮前理事長の講演録です。】

 

 

日本人に合う食事パターン

 

 

それでいろいろ調査した結果、どういう生活をしていたら一番良いかというと中心の白米と肉の代わりに三分から五分つきの米、麦御飯も非常によろしい。それから野菜、海藻(加工したもの、つくだ煮、塩昆布などはだめです)、それから大豆、これは消化が悪いのでよく噛んで食べないといけません。納豆、きな粉にすると消化がよろしい。豆腐もいいのですが、市販のものは、加工の途中で良くない操作が加わることがありますから気をつけなければなりません。
これらを中心柱にもってきます。これに動物性のもの、肉や魚や果物を添えます。果物は野菜の代用にはなりません。農村では果物を多く作っている所は長寿ではないのですが、野菜を多く作っている所は長寿が多くなっています。果物は野菜の代わりにはなりませんが、おやつとしては大変よろしいのです。
それから砂糖は必ずキザラか黒砂糖、或は白と黒砂糖を混ぜて使うようにして下さい。黒砂糖は非常に栄養が高く、鉄分やカルシウムが充分含まれたいいものです。ところがキザラには、色素で色をつけてあるものがあるから気をつけなければなりません。
このような食事パターンをしていますと非常に丈夫です。健康な長寿村は殆どこのような食事パターンをしています。これはミネラルやビタミンやX要素が非常に豊富で日本人に合う食事なわけです。
私の臨床経験と調査のデータで日本人に一番合う動物性のものは魚です。卵は一日に二個以上食べてはいけません。たくさん食べるところは病気が多くなっています。乳製品も結構ですが、肉食を多くすると大病が多いです。どういうわけか動脈硬化とか心臓形の病気、糖尿病、胆石症、腎臓結石などが多いです。長い間日本人があまり肉を食べなかったのは、何か意味があったとしみじみ感じます。実は日本書紀の中にもこのようなことが書いてあった、とある方から聞きましたが、先祖も気付いていたのかもしれません。

こういう食事パターンは非常に健康になりますが、よく噛まなくてはいけません。肉食性動物はあまり噛まないのです。肉食性動物と草食性動物の違うところは、腸が草食性動物は非常に長いのです。日本人も長い腸を持っています。歯も草食性動物の歯です。前歯で噛んで、奥歯の臼のようなもので良くすり潰して噛んで食べる、植物性のものを食べる歯です。
肉食性動物は噛みません。これは草食性動物には唾液にクシャリンという酵素がありますが、肉食性にはそれがないのです。それで噛んでも同じことなのです。人間は唾液もまた歯も、噛むような歯をもっています。それから爪の形も違い、水の飲み方も違います。私達の身体は体形的にもやはり植物性のものを多くとって動物性のものを少し添えるようにした方がよいのです。
と云って、玄米菜食だけという方がありますが、大豆や小豆を必ず入れることを忘れないようにしないと栄養欠乏になります。また人によっては玄米菜食だけでは良くない人もあります。生気がなくなって活動力のにぶってくる人もあります。いろいろな体質の人がありますから一概には言えません。適当に自分に合うようにして下さい。この基本的な考え方は間違っていませんから、自信を持って申しあげられますし、臨床的にもデータがあるのです。
また嗜好の問題もあります。動物性のものを全然無くしますと、身体が少し小さいことが多いです。最近のような食生活をしていますと骨が細長く伸びて、背が高くなり体形が変わりますが、弱いのです。耐久力がなくなり、骨が柔らかくなり、病気にかかりやすくなります。全然動物性のものをなくしますと痩せて色々と問題もあります。適当に魚や卵、乳製品を食べ、少々肉も食べて、大黒柱だけは忘れないようにしたらよいと思います。

 

 

運動と皮膚の鍛錬

 

 

この外に大事なことは、しっかり運動することです。これは大事なことです。どんなに食事が良くても運動しなければだめです。それと皮膚を出来るだけ鍛錬すること、乾布摩擦とか、風呂上がりに水を手足の先にかけるとか、タオルを冷たい水でしぼって心臓に向かって摩擦する、など皮膚の鍛錬をしていただきたいのです。皮膚と胃腸や気管はとても関係があるのです。喘息性の体質の人は運動することと皮膚の鍛錬をすることが大事なことです。
それと愉快に一生懸命良く働くことです。働かないと病気になります。いつも勇気をふるって働く。精神的にも肉体的にも働く、それから勇気を出し、気力をふるい起こすことは健康のために大事なことです。そのために運動しなければなりません。運動が不足すると気力もなくなる。これはいろんな方面で調査の結果よくわかりました。
このような食事パターンで生活すると大体一年で病気がずっと減ってきまして、三年くらいすると病気をしなくなります。流感などにかかっても軽く済んでしまいます。ただし、そうなるには三年はかかります。
(以下、次号に続く)

 

 

これも合成洗剤です!〈補足〉
前回(165号)の記事で説明不足の部分がありましたので、少し補足させていただきます。
「石けんと合成洗剤の違いの原因は原料にある」という部分がありましたが、原料が植物性であっても安全であるとは言い切れません。というのは、植物性を原料としていても、そこから作られた界面活性剤が石けんでない限り、それは合成洗剤なのです。「ヤシ油が原料だから安全で環境を汚さない」をセールストークにした合成洗剤もありますが、この植物性油脂を原料とする合成洗剤には高級アルコール系と呼ばれる合成界面活性剤が主成分として使用されています。これは、ヤシ油などの天然油脂からも石油からも製造することができます。原料が植物性油脂であっても、合成界面活性剤として製造されれば、必然的に石油から製造されたものと同じ化学的性質をもってしまうのです。原料が何であれ、最終的にどのような界面活性剤が作られるかが問題です。品名欄に「合成洗剤」と書いてあればその製品は合成洗剤で、「複合石けん」と書いてあれば、純石けん分以外に合成洗剤が含まれています。「石けん」でない限り安全ではないのです。どうぞ表示をよくご覧になり見極めていただきたいと思います。
合成洗剤を使わなくても石けんや重曹、クエン酸を使って簡単にお掃除が出来ます。
暖かい春の日差しの中で水を使ってのお掃除も苦にならない季節になってきました。慈光会では、時々、会員さんから重曹やクエン酸の利用法のお問い合わせをいただきます。何度か慈光通信でも紹介させていただきましたが、簡単な利用法をいくつかご紹介させていただきます。

 

 

お風呂掃除には・・
・ドアの隅にたまった汚れや黒ずみには、クエン酸水(※)をスプレーしたあと、湿らせた布に重曹の粉を振りかけ、汚れをこすります。その後洗い流して水分を拭き取ります。
・お風呂の壁の汚れには、布に重曹の粉を振りかけ、クエン酸水をスプレーします。シュワシュワと重曹とクエン酸が反応している間に壁を拭きます。仕上げに水で洗い流し、水気を切ります。
・バスタブの頑固な汚れには、バスタブの汚れに重曹の粉を振りかけます。クエン酸水を振りかけ磨いた後、水で洗い流します。
・排水口のぬめり取り、詰まりには、排水口に重曹の粉1カップを振りかけ、上から酢1/2カップを注ぎ、シュワシュワと泡立ったら30分ほどおいて水で流します。
◆重曹や酢、クエン酸は相性が悪く使えない素材もあります。ひのきなど木製のものや大理石のバスタブなどには利用できませんので、ご注意ください。

 

 

トイレ掃除には・・
・便器の汚れ落としには、重曹の粉を便器全体にかけ、5?10分おいてからブラシでこすり、洗い流します。
・頑固な汚れにはトイレットペーパーを便器にはりつけて、酢をかけ2?3時間おきます。水を流してから重曹を振りかけてトイレ用ブラシで汚れを落とします。
・トイレにはペパーミントなどのアロマオイルを2?3滴垂らしたクエン酸水を置き、トイレの後にスプレーすると、いつも清潔に使用できます。
(※) クエン酸水・・水1カップとクエン酸 小さじ1/2をスプレーボトルに入れて使います。
他にもキッチンや部屋の掃除などいろいろな利用法があります。どうぞお試しください。(重曹やクエン酸は慈光会でも取り扱っています。)

 

 

 

農場便り 4月

 

啓蟄(けいちつ)の文字を目にし、春の訪れを感じる。
2月下旬より天候が安定せず、今までに無い気温と雨量で、畑の作物も作業も大幅に狂い始める。毎年、春一番の植え付けはじゃが芋だが、今年は雨のため土が乾かず大幅に遅れてしまった。草むらの中や作物の葉っぱの上では昆虫も動き出した。越冬した青虫(モンシロチョウ)は、春の陽気に誘われ、野菜の中心部から日当たりのよい葉っぱの上へとゆっくり移動し、日向ぼっこをしながらモリモリ野菜を食する。その後にはエメラルド色のフンを残して行く。
3月上旬、季節の中で移動する猛禽類(もうきんるい)ハヤブサが果樹園の上を鋭い羽音を立て飛んで行った。その迫力はジェット戦闘機に匹敵する。自然の中での仕事は色々な風景が目に飛び込んでくる。すべてが目を細めるような愛くるしいものばかりではなく、時には目を疑うような出来事もある。現在、果樹園の中は、冬の間にイノシシが掘り起こして出来たクレーターがあちらこちらで大きな口を開く。すべての出来事は自然のなせる業と素直に受け止めて行かなければならないのは分かっているが、時には失望と共に腹立たしくも感じる。
春の作業はトラクターのエンジン音から始まる。春から始動する圃場(ほじょう)は冬の間に堆肥を入れ、その後1ヶ月半寝かせ、本耕しをする。慈光農園で頑張るこのトラクターも本年31才となったが、近くの畑で活躍する若者(新型トラクター)に負けじと力強く畑の土を起こしながら進む。前を横切る昆虫や小動物に「そこのけそこのけ」と云わんばかりにエンジン音を響かせ進んでいく。どっしり大地を踏みしめ、時に黒煙を上げ進むも、どの角度から見ても「オンボロ」の一言に尽きる。作業時間2600時間とアワメーターに刻まれた数字に時の流れを感じる。慈光農園は、大自然の中に広がる園、農家が所々に点在する中にある園、民家に隣接する園の三か所の園から成り、これらの園で作付けを行っている。そのため畑を起こす作業の度に、トラクターをダンプの荷台に積み込み回送する。トラクターや堆肥を運ぶダンプも御年25才、走行距離23万?(地球5周分)とかなりの老体である。積み下ろしの度に呑気者の私でもさすがに緊張が走る。じゃが芋の地作りの後も、トラクターは休むことなく夏作予定園に堆肥を撒き、土を耕し、シルバー世代にも拘わらずフル回転で慈光農園をサポートしてくれる。オンボロトラクターの活躍に感謝!
春の光の中、播種した野菜は大自然のエネルギーを受け発芽、初めて見る風景や心地よい春風を楽しむ。長く張られたビニールトンネルの中ではビタミン菜や水菜のふた葉の間から本葉がのぞく。畑の周りでは、毎年同じように色とりどりの小さな花が咲く。畑の所々にモグラが土を持ち上げた跡があり、地表にはモヤシのような雑草が一面に頭を持ち上げる。初期除草を専用クワで行うも、次から次へと雑草の芽は頭を持ち上げる。昨年の暮れに定植した初夏キャベツも小苗に拘わらず、果敢に無事厳しい冬を越し、日一日と外葉を成長させていく。
これからの植え付け作物の一つにスイートコーンがあり、4月中・下旬に播種を行う。私が幼い頃にはスイートコーンなどと言うお上品な言い方ではなく、「トウモロコシ」や「ナンバ」と呼び、糖度が低く、もっとデンプン質が高くモチモチしていた記憶がある。テーブルの上の竹のかごに、たくさんの茹でたトウモロコシが並び、おやつ代わりに食したものである。今回はそのコーンを紹介させていただく。
トウモロコシはイネ科 一年草で、原産はアメリカ南部からメキシコで、コロンブスが新大陸発見の際に世界中に広めたとされている。ヨーロッパには大航海時代、アフリカ大陸、アジアには16?17世紀、日本には1579年ポルトガルから長崎、四国に伝えられたとされているが、本格的に栽培されるようになったのは明治初期アメリカから北海道にスイートコーン等が導入されてからである。世界中での生産量は6億トン、そのうち4割がアメリカで栽培されている。日本は世界最大の輸入国で、年間1600万トン、国内米生産の2倍の量を輸入している。輸入先の9割はアメリカで、輸入全量の75%は家畜の餌として使われ、あとは植物性油、液糖、アルコール、香料、デンプンなどに姿を変えていく。近年、コーンのほとんどが遺伝子組み換え作物となり、それらを原料とした製品はスーパーなどで一般的に市販されているが、その表示は義務付けられていない。よくよくご注意いただきたい。もちろん当会で扱っている卵、肉、これらの飼料はすべてノンGM 、ポストハーベストフリーなのでどうぞご安心を。
トウモロコシの栽培は、できるだけ手をかけずに育てる粗放栽培を条件とする。一般的な栽培では、肥料は化学肥料を中心に施し、後は農薬散布によりあわのメイガやアリマキなどの害虫から守る。農薬散布は平均3?4回位とされ、農薬の中には土中に梳き込むものもあり、根から吸収させて害虫を寄せ付けなくしたり、少しでも養分を吸った害虫はその場で死に至る農薬なども使用されている。当会のスイートコーンは、完熟堆肥と油粕のみで栽培され、完全無農薬栽培ゆえにどうしても中には虫食いのものもあるが、ご容赦いただき、食害部分を取り除いてお召し上がりいただきたい。
トウモロコシの胚芽はコーン油となる脂肪分で、コーン油は不飽和脂肪酸が多くコレステロールを下げる。他にビタミンB1・B2・E、ミネラル、亜鉛、鉄分が含まれ、表皮は食物繊維が多く、便秘の予防となる。トウモロコシの甘み成分は、吸収が早く夏場のエネルギー補給にはもってこいである。
当会では、7月上旬に甘いスイートコーンの出荷を予定している。夏のエネルギーいっぱいのコーンを口いっぱいに頬張り、暑い夏を乗り切っていただきたい。スイートコーンは、茹で汁の中に甘みが逃げてしまうので、熱湯に入れて3?5分以内、長茹では禁物である。
農場の周りを囲む雑木林の中にたくさんのソヨゴの木が茂る。ソヨゴは常緑樹で、春に小さな白い花を咲かせ、晩秋には真っ赤な実を結ぶ。冬の寂しい風景の中にきらきら光る実がとても美しい。冬を越した実も3月中旬、台風並みの強風にさらわれ、すべてが地上へと落ちてしまったが、初夏にはまた新しい生命が芽吹く。
夕刻、翌日用の堆肥の積み込みに堆肥場へと向かう。急な坂をローギアで一気に駆け上がる。その途中、道の端に動物の姿が目に入り、アクセルペダルを緩めゆっくりと近づくも、逃げる気配もなくじっとしている。捨て猫である。全身皮膚病に冒され病気も患っているのか、全身ガリガリに痩せ細っている。心無い人が飼育を放棄し、捨てたものであろう。あらゆる生命の尊さと畏敬の念が薄れ、物質どころか生命までもが使い捨てとなってきたのであろうか。
これらすべてが不幸への道を歩むことになる。林の中に姿を消した時の私を見た悲しそうな目が頭から離れず、眠れない夜を過ごすことになった。生命は摩訶不思議なものである。1?にも満たない種子が無限のエネルギーを吸収し、大きな生命体へと姿を変える。肥沃な土地は生命を育ててくれる。
気温は徐々に上がり、日差しも強くなってきた。冬の間に白くなった肌も日増しに黒くなってきた。いよいよ春本番。気力、体力共に充実し、農業のシーズンのスタートである。

 

 

 

あれこれと思いだけが先走る農場より