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慈光通信 第244号

2023.4.14

生命の医学と農法を求めて Ⅳ

 

前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は、1977年12月LIFE SCIENCEに掲載されたものです。】

 

 

生かされ、生かさんと努力し、そしてまた生かされる。
奪わずして与えんとし、殺さずして生かさんとする。

 

 

生態学的輪廻の法則と生物調和

 

地上における生命体の生存の法則、それはまず「生態学的輪廻の法則」である。植物は太陽エネルギー、水、空中の炭酸ガス、地中の生態系のさまざまの産物によって、人間では想像もできないような複雑な合成を行って有機物をつくってくれる。植物は生産者である。動物はこれを食べて生きる。動物は消費者である(肉食動物は間接に食べる)。動植物の屍体や排泄物を微生物が分解する。微生物は分解者である。そしてその分解終産物が再び植物に吸収されて有機質合成の材料となる。これが「生態学的輪廻の法則である。この大自然の法則の中で生命体は生存する。人類も勿論、例外ではない。
このことは、農業およびその発展はあくまで人間の廃棄物を大地に還元すること、すなわち堆肥農法の枠内で行なわれなければならないことを意味する。この枠からはみ出た農業は「暴走農業」である。この法則を無視して、人間の廃棄物や屎尿を土に返さず、また化肥によって微生物を殺す近代農法が「死の農法」たるゆえんである

 

 

生態学的生物調和

大自然のなかで無数の動植物が互いに持ちつ持たれつして一つの生物調和が形成されている。この調和が人類にとって有利なものであることは、人類がこの生態系の中で繫栄してきたという事実が物語っているのである。人間が生態学的輪廻の法則を無視して化肥によって農作物を育成すると、農作物の体質が変わってくる。すると、その作物を一員としてできあがっている生物調和が変わる。今まで農作物のせいぜい五パーセントぐらいを食べるくらいにしかいなかった害虫が急に多くなり、反対に益虫が少なくなってしまうような、人間にとってきわめて不利な状態が現われて、人間は食べものを失ってしまう。人間は自分の誤った行動を正さずに、この困った結果だけを農薬という毒物によって匡正しようとする。その結果は一時的で、結局は益虫を殺し、農薬に抵抗性のある害虫をつくってしまう。一時的な効はともかくとして、長い目でみると農薬散布は益虫を滅ぼして耐農薬性害虫をつくる人間滅亡の作業である。
以上でわかるごとく、人類が健康に繫栄するための農法は、完全無農薬有機農法でなければならない。これを実践するにあたって注意すべき要点は、

ⅰ 土つくり

ⅱ 日当たり、風通し、給水の適正
ⅲ 適地適作
ⅳ 播種期の適正
ⅴ 作物をかわいがる心

である。最後の項目はちょっと意外に思われる人もあろうが、実際、確かにある事実である。このうち、土つくりはもっとも大切なことである。その要領は、

➀ 堆肥材料は植物性六ないし八割、動物性二ないし四割とする。このとき油カス、綿実カス、レンゲ草、クローバ等は動物性のなかに入れる。植物性のものは雑草(必ず枯らして用いる)、ワラ、落葉、おが屑(外材のおが屑は一、二年、露天にさらすこと)等である。これは土を軟らかくし、かつ肥料効果をたかめるのである。

② 堆肥は必ず半年以上かけた好気性完熟
堆肥でなければならない。半熟堆肥、嫌気性堆肥、あるいは生の堆肥はけっして土中に入れてはならない。これらを土中に入れることは反自然的行為で、絶対禁物である。これらは土の上へおくべきである。堆肥の使用量はだいたい10アールあたり2トン以上である。

③ ミネラルの欠乏を防ぐため、山野の雑
草や下刈を堆肥材料としたり、あるいは山の土、池さらえの土等を田畑へ入れる。私たちはタフライトという水成岩の粉を用いる。
④ 土の酸性匡正のため、適量に各種の石灰を各作物に応じて施す。
⑤ 化肥、除草剤、農薬、洗剤等、土中の生物を殺す化学薬品を土に施してはならない。

(以下、次号に続く)

 

 

 

遺伝子組み換えの表示が変わります

 

 

前回の記事にも少し書かせていただきましたが、今回は遺伝子組み換え表示について詳しくお話しさせていただきます。
2023年4月1日から、遺伝子組み換え食品に対する任意表示制度が変更になりました。これは一体どういうものなのでしょうか。
まず、遺伝子組み換え食品とは、別の生物の細胞から取り出した有用な性質を持つ遺伝子を、その性質を持たせたい植物などの細胞の遺伝子に組み込み、新しい性質を持たせる技術を用いて開発された作物、及びこれを原材料とする加工食品のことです。これにより、除草剤に強いナタネ、虫の食害を受けにくいトウモロコシなど、より生産性を上げる事を目的として開発されています。(慈光通信213号・214号にも遺伝子組み換え食品についての記事を掲載しています。)1980年代に遺伝子組み換え作物が登場して以降、人体や環境への影響が懸念されています。
日本では現在、イネやトウモロコシなど、13品目の作物について遺伝子組み換えの栽培試験が承認されていますが、食用として使用することを目的とした遺伝子組み換え作物の商業栽培はありません。
ただし、現在日本で消費されている大豆やトウモロコシ、ナタネ、綿は国内自給率が非常に低く、使用されているのはほとんどが輸入された遺伝子組み換え作物です。
遺伝子組み換え食品の表示には「義務表示」と「任意表示」があります。
まず、義務表示は豆腐やポテトスナックなどの9農産物及びそれを原材料とした33加工食品群が対象となります。(次ページ表参照)
表に該当する遺伝子組換え農産物を使用した場合、及び使用している可能性がある場合は、その旨を表示する義務があります。(例:「大豆(遺伝子組換え)」「大豆(遺伝子組換え不分別)」)
ご家庭にある、大豆やトウモロコシを使用した食品の原材料を見てください。ほぼ全ての食品に「遺伝子組み換えでない」と書かれているのではないでしょうか。そして、それを見て思うかもしれません。「あれ?意外に遺伝子組み換え農産物って使われてないんだな・・・」これには理由があります。「遺伝子組み換え」や「遺伝子組換え不分別」と表示すると、せっかく製造しても売れゆきが悪くなってしまうので、表示義務のあるものには非遺伝子組み換え農産物を使用しているのです。しかし実際には醤油や油などは表示義務がなかったり、1つの加工品の中に使用されている割合が低い場合には表示義務を免除されていたりと、様々な抜け穴を通り、たくさんの遺伝子組み換え食品が私たちの食卓に入り込んでいます。

そして、今回変更になるのは任意表示制度です。現行制度では、分別生産流通管理(*)をして、意図せざる混入を5%以下に抑えている場合は、それらを使用した加工食品に「遺伝子組み換えでない」等の表示が可能でした。(*分別生産流通管理:生産から流通、加工のすべての段階で遺伝子組換え農産物が混入することがないようにしている管理方法のこと)
新制度になると、分別生産流通管理をして、意図せざる混入を5%以下に抑えている大豆及びとうもろこし、並びにそれらを使用した加工食品は「分別生産流通管理済み」という表示が可能になります。また、分別生産流通管理をして、遺伝子組み換えの混入がない(不検出)と認められる大豆及びとうもろこし、並びにそれらを原材料とする加工商品にのみ「遺伝子組み換えでない」という表示が可能になりました。
「この新制度では、表現を分ける事により、消費者の誤認防止、選択機会の拡大につながります。」というのが消費者庁の説明です。
ただし、この制度改定には問題もあります。まず、「遺伝子組み換えでない」と表示するためには、生産地で遺伝子組み換えのものとの混入がないことを確認した農産物を袋等又は 専用コンテナに詰めて輸送し、製造者の下で初めて開封していることが証明されていることが必要です。
ただし、現実の輸送システムにあって、袋やコンテナを厳密区別することは難しく、袋やコンテナの隅に少し残ってしまういわゆる「意図せざる混入」が起こってしまい、混入をゼロにすることは不可能とされています。この時点で、「遺伝子組み換えでない」と表示できる輸入作物はほぼなくなるのです。その場合、表記は「分別生産流通管理済み」となりますが、「遺伝子組み換え」という表示がないため、それが何を示すのかが消費者にとって非常に分かりにくくなってしまいます。もちろん、遺伝子組み換え作物の混入はゼロであるべきで、それが最終目標ではあるのですが、ゼロ基準としてかえって消費者の混乱を招くのであれば、そもそもの分別流通管理を5%以下ではなく、もっと引き下げる事で「遺伝子組み換えでない」という表示を残すという選択肢もあったのではと考えます。例えば、EUでは表示が免除される、意図せざる混入については0・9%以下としています。
また、最近では「遺伝子組み換えでない」や「分別生産流通管理済み」と表示できる商品についても、万が一の混入を恐れて、あえて表示をしないメーカーも増えています。そうなると、ますます安全なものをすぐに把握することができません。
遺伝子組み換え表示問題は見直すべき点がまだたくさんあります。油やしょうゆなど、DNAの検出が難しいことから、表示義務対象外になっている食品についても、今後加工から種子の選定までさかのぼり、わかりやすい表示を義務付けられることを望みます。
表示が複雑になればなるほど、消費者は次第に無関心になり、消費者の声が小さくなればメーカーは手間やコストを抑えるために遺伝子組み換え作物も使用するでしょう。「知ろうとすること」はとても大切なことです。皆さんにもぜひ、この問題について一度お考えいただき、遺伝子組み換え作物に「NO」を言い続けていただければと思います。

(消費者庁 遺伝子組み換え表示制度より一部抜粋)

 

 

 

農場便り 4月

 

3月下旬に差し掛かる。空は澄み渡り、日差しは春を越え、初夏の輝きを大地に降り注ぐ。山桜は、時を忘れたかのように枝先より花開き、満開となった木が山深い地で年に一度の花のショーの開演となった。春の季語に「春笑う」という言葉があるが、今や春は笑わず、時に生態系を無視し続ける人々への憤りすら感じる。
2月の激しい寒暖の差に刺激を受けた野菜たちは、蕾を持ち上げた。日増しに蕾は膨らみ、一斉に黄色い花が咲き誇る。収穫の競争に敗れた耕人は、「せめて花だけでも」と花見と洒落込む。冬季の風物詩となっている私の両手の親指に出来る深いひび割れは、冬草の除草で手の油分が土に吸い取られ、火山に出来る真っ赤なクレーターのように深く、小さいが痛みは強い。ひと冬中、閉じては開きを繰り返したそんなひび割れも、冬と共に遠い彼方へと去って行った。
陰陽で言うと陽の極みとなる春であるが、私にとっては憂鬱な日々となる。その鬱の元となるのは、作業計画表。びっしりと書き込まれた農作業の数々、それを目にするだけでため息が出る。その中、計画表通りに作業を進める。まずは冬作の後片付け、深く掘ったゴボウの溝の埋め戻しや昨年の夏作の片づけなどをやりながらも「なぜ夏作の片づけが今なのか」と自らを悔いる。作業を終了すると、リストの項目を線で消し、次の作業を選ぶ。よくよく見てみると楽な作業ばかりに終了の線が引かれていることに気付く。まるで流れる水の如く、楽な方へと向かう私である。
作業リストの中に「防鳥」の項目がある。2月下旬から3月中旬までの約2週間、ヒヨ鳥が憎き畑の大敵となる。昨年の初秋から初冬にかけ定植を行った春キャベツの外葉は、冬の寒さにも敗けることなく順調に育ち、春の気温の上昇と共に美しい緑へと変化し、作業を行いながらもその生命の息吹を感じる。こうなるとベジタリアンのヒヨ鳥が猛禽化し、大切なキャベツの葉を喰い尽くす日は近い。汚れた嘴から外葉を守るため、近日中に防鳥用の糸をキャベツ畑に張り巡らせようとしていた矢先のことである。他の作業に追われ、2,3日目を離した隙に、ヒヨ鳥は「時が来た」とばかりに食害を繰り返していたようで、畑に向かった私の目に飛び込んできたのは、食い荒らされたキャベツ畑の無残な姿。その光景に目は点になるが、ここは生命力に溢れる当会のキャベツ、球は少し小ぶりであるものの、十二分に復活を遂げた。これもひとえに有機栽培の地力のなせる業である。ヒヨ鳥は野生の力が強く、何かを感じ取るのか、当園の近くで化学肥料と農薬で栽培されている畑のキャベツを、一切目もくれず、当園ばかりを狙い撃ちにする。当園の緑黄色野菜をお腹いっぱい食べたヒヨ鳥はますます健康になるに違いない。畑の奥深い竹林の奥から元気いっぱいのヒヨ鳥の鳴き声が響き渡る。
3月中旬、里芋もあと僅かとなり、土から掘り出した株の中から、大きく育って特別形の良いものだけを種芋として確保する。親芋から離した切り口には防腐用に石灰を塗り、強アルカリで腐敗菌から種芋を守る。そうして選んだ来年度の定植用の500個の種芋は、4月中旬までもう暫く寝かせておく。
3月下旬、山芋栽培の準備が始まる。冬期に収穫を行った長芋の中で今シーズン用にと倉庫内で確保してあった長芋をカッターナイフで1個100グラム位に切り分けていく。切り口のネバネバには、これも里芋同様石灰を付けておく。それを箱の中にきっちり並べ、少し温度の高い室内で芽吹きを待ち、畑へと定植をする。その間に準備をした定植予定地の最終の仕上げを行い、深い溝を切っておく。山芋は強い肥料を嫌い、水はけも十分考慮しなければならない。特に当園が得意とする牛糞堆肥などの動物性肥料を嫌うため、前作の残りの肥料だけで前半を育て、後は油カスなど植物性肥料を少しだけ追肥する。土中の水分量も考慮し、晴天が続けば水を与え、雨季に備え水はけをよくするため、深めに溝を切っておく。定植時には80㎝の畝の中央に溝を掘り、土を枕に15度の角度でプラスチック板を置き、その上に土を着せる。それを1枚ずつ繰り返し溝を埋め戻していく。その長さは山芋だけで100m、他にも来年用の苗芋も同時に栽培を行う。苗用の芋作りから2年の歳月をかけ、2年後に、土中深く伸びた山芋を手探りで探しながら掘り出した時の喜びは何者にも代え難い。長く、深く成長する長芋栽培、いかに労力を軽減するかが栽培の課題となる。そこで、先ほど登場したプラ板で板に沿って地中浅くに伸ばしてゆく栽培法となる。プラ板をセットするのに労力が必要ではあるが、「深く地中を掘ることを思えば」と作業を進める。山芋について少し説明させていただく。

山芋は、ヤマノイモ科ヤマノイモ属。熱帯から温帯地に生息する。日本には中世頃、中国より伝来した。種類は長芋系、イチョウ系、つくね系と3種に分かれ、当園では2種類のイモの栽培を行っている。栄養価は共に変わらず、味は、山芋は味が濃く、長芋は淡白な味わいである。山芋には消化酵素、ビタミンB群、カリウム、食物繊維が多く含まれ、胃腸に優しい。ヌメリの中に含まれるカリウムは体内の余分な水分や塩分を排出し、糖尿病、高血圧の予防、また、血流を良くすると言われる。又、特にビタミンB1を多く含み、エネルギー代謝が下がり、疲労感を感じやすくなった体の糖質を燃やしてエネルギー代謝を促し、疲労回復に役立つ。お米やパンなどの主食をよく食べる方は糖質の摂取量が多いため、ビタミンB1はとても大切な栄養素である。食物繊維は血糖値の上昇を緩やかにしたり、便を増やしてお通じを良くしたりする効果も期待できる。このように、山芋には生活習慣病を予防する栄養素が多く含まれている。

口を開けば出てくる「あ~しんど‥」このような時の疲労回復、スタミナ増強にお役立ていただき、ストレスの多い昨今を山芋のパワーで乗り切っていただきたい。
本年も晩秋には、黄色く色付く葉が収穫開始の合図となり、恐る恐る試し掘りを始める。まず、プラ板の角を見付け、表土を少しスコップで掘り、軽くしてからプラ板を優しく左右に振りながら、少しずつ土を避けてめくり上げる。この時、必要以上に力を込めると途中で「ポキッ」と折れてしまう。掘り出したイモを誰も見ていない畑で、これ見よがしに持ち上げるとこれもまた折れてしまう。優しく扱うことが大切で、普段から粗暴な行動を取る私にとっては、この作業は最高の修行に値する。もう一つ、長芋にとって、土中を自由に駆け回るモグラ、そしてモグラのトンネルを無断で使用する野ネズミ、これらは私以上の難敵となる。山芋一本をきれいに食べてしまうならまだしも、一口ずつ齧(かじ)って回るふとどき者である。現在栽培している2種の山芋は、私が我が家の食糧庫に大事に保管されていたものを見つけ、失敬して増やしたものである。今秋、長く成長した山芋を収穫できるよう、今年の夏も頑張って栽培に努める。
農場より帰宅する。家人から私宛に封書が届いているとのことで、開けてみると母校からのお知らせが入っていた。内容は、今年、私たちが高校を卒業してから50年目となる卒業式で、今春、母校の学舎から旅立つ卒業生の式典への参加の招待状であった。父兄共々、厳しい農の世界に飛び込む若者にエールを送る式典である。長く口にすることのなかった賛美歌を歌い、おそらくではあるが、日本一長い卒業式に4年間寝食を共にした同期が一同に集い、若者を送り出した。同期の浅黒い顔には、長年の農業で刻まれた深いしわが走り、過ぎた時の長さと重みを感じた。自分自身の農業人生を今一度振り返る時間を与えてくれた式典であった。
山桜の枝は天空へと伸び、今が盛りと花を咲かせる。その大木のもとには日陰を好む馬酔木(あせび)の花。スズランのような白い米粒にも似た花が束になり、なんとも可憐である。家路につく前、花が垂れ下がる馬酔木を一枝いただく。夜、それを家人が皆の目に付くテーブルの上に生け、家族で花を楽しむ。桜のような華やかさはなく一見地味ではあるが、清楚な美しさに心が和む。歳を重ねると気付くことが出来る、そんな静かな美しさに目を向けていきたい。

「麒麟も老いては駑馬に劣る」とならぬようにと心する農場より