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慈光通信 第250号

2024.4.15

健康と医と農 Ⅳ

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、1986年7月6日 西条中央公民館に於いての講演録です。】

 

 

ミネラル

同じように、大陸では豊富でも日本で欠乏しているものを考えなくてはいけないのです。何が違うかというと、大陸の土は大体が水成岩です。そして反応はアルカリ性、アルカリ土壌です。土地にカルシウムとか鉄、マンガンなどの鉱物質、これをミネラルといいますね。これが非常に多いのです。これが欧米の大陸の特徴です。中国大陸もそうです。鉱物質が多いから地下水は飲めません。鉱物質が多過ぎて味が悪いし、飲むと下痢をしてしまう。ヨーロッパやアメリカに行っても水は別に売っていますね。ところが日本は火成岩性の酸性土壌です。酸牲土壌であって鉱物質は少ないのです。日本の軟水は世界でも有名です。こういう特徴があるのです。従って欧米では野菜でも果物でも水でも鉱物質が多い訳です。それに対して日本は水でも野菜でも鉱物質が少ないのです。ここに日本の土地の非常な特徴があると同時に、栄養に気を付けねばいけない点があるのです。ミネラル補給という事が大事です。これを絶対忘れてはいけないのです。日本人は、私たちの先祖は長い間の経験と直感とを色々な生活の知恵として、このミネラル補給を大切にしてきました。即ち日本の土地に欠乏しているミネラルを、一番多く持っているのは海藻ですね、だから日本人は世界で一番海藻を良く食べる民族だったのです。それが明治以後だんだんと海藻というものは栄養が少ない、蛋白もカロリーも少ないという訳で、食べなくなってしまった。この点がまず皆さんに注意して頂きたい事なのです。

 

ビタミン

第二に欧米人は牧畜民族なのです。大体が日本は農耕民族ですね。そして穀物を沢山食べます。とくに今は白米を食べますから大量のビタミンやミネラルが必要になってくるのです。日本人は古来野菜、特に菜っ葉を良く食べる民族だった。おかずの事を「おさい」というでしょう。菜っ葉ですよ。大体そもそも緑の菜っ葉というものは年に四回位とれますしね。発育が早くて取れやすいのみならず、日本人にとっては極めてビタミンが豊富であるし、良質蛋白が入っているし、ミネラルも豊富で非常によいものなのです。だから私たちの日常生活で今何が一番欠けているかという時、野菜を忘れてはいけません。達者な人のことを「まめな人」といいますね。菜っ葉、芋、豆これは非常に大切な私たちの食事の材料でなければならない。今これを忘れているのですよ。こういうものを食べなくなりましたね。うちの会(慈光会)でも一生懸命作っても割に皆さんが買わないんですよ。菜っ葉特にグリーンの菜っ葉、白い菜っ葉より緑の方がよい。それから豆、芋を忘れないようにして頂きたい。それと海藻をできるだけ良くあがって下さい。特に子供達にね。子供は今野菜を食べないでしょう。海葉を食べる時気を付けて頂きたいのは、佃煮や塩昆布を沢山食べて海藻を食べたつもりでいると、塩分が多過ぎて害があるのみならず、作る途中でミネラルが相当抜けますからね、それでああいう加工の海藻でなくそのままの海藻がいいです。別の話になりますが色をつけたのがありますから気を付けて下さい。

 

動物性食品

次に動物性のものをいいますと、常によく肉を食べます。私は患者さんの食べ物を調べてきておりますが、日本人は古来肉を余り食べなかった。確かに魚の方が日本人にあいます。それから卵や牛乳も結構です。肉も絶対食べたらいけないという訳ではありませんが肉を沢山食べる家には大病が多いという事は、理屈ではなく私の臨床経験です。確かに見てもそうでしょう、魚屋さんはそう太っていないけれど肉屋さんは赤い顔して太った方が多いでしょう。日本人はどうも魚の方が良いようです。今の時代だから食べてはいけないと決していう訳ではないが、あまり沢山食べるといけない。それに日本の肉には随分無理した肉が多いですね。この間米国人が来ましてね、私の娘がお世話になった方だからホテルに行って、外人だからと思って、ビフテキを食べてもらった。そしたら「オーワンダフル」と云ったんですよね、こんなすばらしい肉をアメリカでは食べた事がないと。アメリカの肉は野生に近いカチカチの油気のない肉でしょう。こっちのはビール飲ませたり色々やって脂が一杯でしょう。だから柔らかくておいしいてすね。体には末だ野生の方がましですよ。そんな事を感じながらワンダフルといってもらって、内心ちょっと変な感じだったのです。

今いいましたとおりミネラルとして海藻、菜っ葉、芋、豆をよくおあがり下さい。それから動物性の物としては魚、卵、牛乳、肉の順序によいのだと覚えて下さい。卵でもあまり沢山食べたら駄目ですよ。最近読んだ本にかなり有名な方が、卵は良質の蛋白が沢山あるから日に6個位食べていると云っているけれど、それは良くないですね。あまり食べると墓穴を掘ることになるのです。これは理屈ではないのです。臨床でみてきた事です。一番極端な例をいいますと今でも忘れられないのは、一日に十二個以上食べ続けて死んだ人がいます。ある時背の高い、青黒い顔をした人が私の診察を受けにきました。方々の病院で色々と検査を受けたが、特別変化は無いけれども体がだるくて苦しくて仕方がない、私に診てもらいたいと云われる。それで私は例によってその人の生活を調べてみると驚くなかれ最小限十二個食べている。朝起きると生卵四個飲む、それがずーっとですよ。それでね、あなたの病気の原因は卵の食べ過ぎです、此れを止めると体が楽になりますよと云ったら、その人は難しい顔をして聞いていて、とんでもない、この弱い私が今まで生きてきたのは卵のお蔭だ、蛋白質を沢山とったお蔭で生きてきた、今卵を減らすなんて大変なことだとおっしゃる。いやそうじゃない卵が多過ぎるから異常を起こしてしいるのだから、卵を減らしなさい、いや減らさないと、頑固な人でね。2~3回こられたか、同じ事を云われるからうちにくるのを止めてしまった。非常に呑気な私の親しい内科医の所へいった。その先生至って呑気だから生活なんてどうでもいい、其処へかかっているうちに、原因が分からないまま死んでしまった。これは卵に殺されたと思いますよ。此れは忘れられない例です。大体日に2個位を限度にしたほうがよいと思います。なるべく自然のよい卵をね。最近黄身を黄色くするために色をつけたり変な事をしているのが多いですから、出来るだけ自然な卵を求めて下さい。

   (以下、次号に続く)

 

 

農場便り 4月

 

風花が舞う春、間近の農場が一瞬にして雪景色となり、去りつつあった冬がまた息を吹き返した。畑の隅で花を咲かせたふぐりの花の上にも雪が積もり、陰と陽が交差して絶妙な風景を作り出す。各地で稲妻が起こり嵐となった。早春の稲妻を雪起こしと言うそうである。ここ最近異常に上がっていた気温も一気に下がり、夜間にはマイナス6度にまでなった。畑に張られたビニールトンネルも見事に吹き飛ばされ、中の作物も一晩中寒い思いをした。そのトンネルの中では結球レタスが育っている。前年に定植をした幼い苗は一冬をかけて少しずつ成長してゆくが、中には寒さに耐えられずに凍死してしまう苗もある。寒さに敗けることなく成長したレタスは、少々球は小さいが2月下旬に収穫となった。しかし、外葉は美しく一見良品に見えるが、中には結球の中央に近いところで凍傷にかかり、そこから傷んでいるものもあり、目に見えぬ所に落とし穴があった。

春の訪れを感じる出来事と言えば、自室の中央には毎日の日誌や農場便りをしたためる座卓があり、その上には雪崩が起こるほど色々なものが積み上げられている。積み上げられた中には古い辞書が大きな岩のように埋もれ、その隙間にある小さな空間に毎日使うボールペンが無造作に置かれている。このボールペンは12月に本格的な冬が来ると同時にインクの出が悪くなり、毎回息を吹きかけ温めなければスムーズに紙の上を走らない。それが冬を越え春になると一気に解消され、日誌のページには見事なミミズ文字が走る。ささやかではあるが、こんな事に春を感じる毎日である。

2023年11月上旬以来となる結球レタスの播種を2月初旬に行う。寒さにかじかむ手で極早生レタスの小さな種をトレイに落としてゆくが、極々小さな種は気を抜くと一カ所に何粒も落としてしまい、後の処理が大変になる。そうして蒔いた種がトラブルもなく順調に育つと5月下旬には収穫を迎える。

苗場には播種をしたトレイが所狭しと並び、小さな芽が次々に土から顔を出す。4月の定植はまずブロッコリーから始まるが、暑くなってくるとブロッコリーの花が乱れてデコボコになり、少々形が悪くなるので要注意である。あとは冬ごぼうの播種。リーフレタスもトレイに播種、次の分は畑に直蒔きをする。小松菜などの葉菜類を慌てて播種をしてしまうと、間もなく収穫という一歩手前で株の中央から花芽が顔を出し、「菜の花畠に、入日薄れ…」と蝶々が飛び交うこととなってしまう。それを防ぐために播種の時期を守り、心を落ち着かせ、少しでも早く収穫をなどという邪心を捨て栽培に取り組まねばならない。

3月に入り、大きな鳴き声と共に野菜作りの最大の敵「ヒヨ鳥」が領空侵犯をして当園の作物の上を飛び交う。ヒヨ鳥の下品な鳴き声に憂鬱な気分になり、まもなく始まるであろうキャベツへの食害から守るため、畑中に糸を張るが、その効果は最初だけ。慣れてしまえば我が物顔で大切な初夏用のキャベツの葉を啄み、後にはキャベツのお礼として緑色のフンだけが畑に残る。一度味をしめると後は何をしようが効果がない。そうなるとやっと少し大きくなりかけていた一面のキャベツ畑は見る見るうちに軸だけにされてしまい、その後の中央の葉が大きくなるにはしばらく時間がかかる。毎年同じ事をぼやく耕人、少々焼きが回ったのであろうか。ヒヨ鳥はまさに鳥類の中の山賊のような生物である。

冬期には堆肥作り以外には使用することが無く、倉庫の中で冬眠をしていたトラクターが息を吹き返し活動を始めた。収穫が終わってからしばらく休耕していた畑を大きなエンジン音を響かせ力強く耕し、ゴボウの栽培地を作る。出来るだけ深く、そして土を細かく、寝ている土を目覚めさせるように耕運してゆく。砂地の栽培が多いゴボウ栽培にとって山の土は酸性が強く粘土質のため不向きではあるが、この地で栽培したゴボウは柔らかくて最高に美味しく栄養満点である。一方で最大の難点は「見た目」。大きく太く曲がっていたりするものもあるので、自慢は出来ない。本年は、早掘り用から晩春までと長期に亘り収穫出来るよう、3種類のゴボウの播種を行う。3月に播種し11月に収穫、その間は春草、夏草と戦い続け、他の管理も手を抜くことは無い。…いや、無い筈である。

トラクターは、冬の間自由にはびこり春の日射しを受けてのびのびと大きく育った雑草たちを、構うことなくズタズタに切り裂いてゆく。こうして耕運、整地した畑の土は2週間寝かせ、土中の環境を整えてから色々な種を蒔き、苗を植え、土地に生命を宿すこととなる。ひと冬かけて収穫をした後の畑は広く、トラクターの活躍はまだまだ続く。収穫時に成長出来ず畑に放置された野菜、もしもの時のためと予備で栽培していた作物など、収穫されることなく黄色く咲いた花に情をかけることもなく、トラクターは突進してゆく。そうして春夏作の準備へと作業は進む。

前年秋に定植した玉ねぎやニンニクは予想以上に立派に育ち、太い茎から伸びる葉は気温の上昇と共に色濃く育つ。早くから準備していた畑には前年8月に播種をした青、白ネギの苗の定植をするが、種類が違うと栽培法も全く違ったものとなる。ネギは暑さを嫌う作物で、真夏に収穫しようとすると青ネギであれば1か所に3~4本、白ネギであれば5~8㎝間隔で一本ずつ定植する。最近夏期栽培のネギの出荷が少なくなったため私の出番となった。夏のネギは強い日射しと高温で色が抜けて薄くなる。どうか今年の夏は猛暑となりませんようにと手を合わせ祈るばかりである。

キャベツ畑では、ヒヨ鳥に食害された初夏キャベツの後続として夏キャベツを定植する。ひと冬をかけてじんわりと大きくなった苗はもうすでに食害に遭っているが、次の苗は小さいため、ヒヨ鳥もまだ気が付いていない。その苗を1か月前から準備をしておいた畝に定植をする。まだ農のシーズンは始まったばかり、冬の間に鈍った腰はすぐにだる痛くなり、声を上げながら思いっ切り体を伸ばしながらの作業となった。この苗は昨年10月下旬から逐次播種をし、厳冬期を乗り越えようやく今定植となったものだが、中には茎が凍傷にかかり、持っただけで折れてしまうものもあるため、それを考え少し多目に苗を育てている。これからの手強い夏草や水分過多による病気が発生しやすく、雨による作物の葉の裏へ畑土のはね返りを防ぐためマルチを使用する。このマルチは高温多湿期に根元からの腐敗を防ぐ役割もある。苗場では昨年晩秋から育てていたキャベツの苗が消え、代わってレタス苗が育つ。このレタスは関東・関西の種苗会社2種類の種で栽培しており、我が農園が天下分け目の戦いの関ヶ原となる。ご存じの通り、レタスには結球とリーフの2種類あるが、最近では見た目に美しいリーフレタスの需要が伸びている。何十年も前の事となるが、まだ結球レタスが主流となっていた頃、流行の先取りとばかりにリーフレタスを栽培してみたが、ほとんど需要がなく、苦い思いをした経験がある。そんなリーフレタスもトレイで育苗中、蒸し暑い時期の収穫を夢見て日々の管理を行う。この苗は4月上旬、まだ寒さの残る山の畑に定植を行う。レタスが欧米の野菜であるのに対して東洋のレタスは「チシャ」でその中にはサンチュも含まれる。これを英語では「カッティングレタス」と言い、西欧レタスと比べると見た目は少々野生味を帯びているが、結球レタスは淡色野菜なのに対して、カッティングレタスは緑黄色野菜なので、栄養素も段違いに高い。出来るだけ長い期間美味しいレタスをお届けできるよう栽培を行う。これからの時期、レタスの葉は蒸し返るような暑さにも弱く傷みが出るため、無事育つことを願うばかりである。ちょうどレタスの収穫が始まる頃から一気に外気温が上がるため、冷えたレタスに好みのドレッシングやマヨネーズ、和風好みの方にはポン酢でさっぱりと、お楽しみいただけるかと思う。耕人の悪い癖は、播種を終えるとすでにその作物が出来たかのような大いなる勘違いをしてしまうことだが、初夏からの葉菜類は栽培し難く、完全無農薬のため敵は巨万といる。幾度も苦汁をなめてきたにもかかわらず、すべてが上手く行くような頭の中での妄想に明け暮れる。

2月下旬より天気予報ではたくさんの傘マークが現れる。日々降り続く雨に畑の土は水分過多となり、畝間に水たまりができる。早く定植をと直訴する大量の苗、しかし泥化した土を起こすことが出来ず途方に暮れる日が続く。一方、気温の上昇と共に苗は大きく育ち、狭いトレイの中で押しくらまんじゅうをしている。近年の異常気象により長雨、干ばつ等が地球上の生命を脅かす。人類の暴走はどこまでも続き、エネルギーは原発ありきとなり、循環型エネルギーにも多くの問題が露呈するなど、今一度考え直す時期が来たようである。

経済の発展により世に中には物があふれ、一度贅沢を経験してしまうと元に戻ることが難しくなる。生きる目的を「楽しく贅沢に暮らすこと」とする今の世では、どのような未来が待っていることだろう。今一度人類が自然界の一員であることを思い出し、無駄をなくし、慎ましく心豊かな世の中でありたいと願う。

日は長くなり、夕刻6時でも周囲は明るく、一次産業に従事する耕人にはこれから長い長い一日となる。周囲を見渡すと、本年も山桜が美しく咲く。美しく咲く花に山々の雑木も目覚め、山全体が大きく息をし、躍動を始める。耕人も畑の中で春を吸い込む。一日の作業を終え帰宅、食後自室で一人の時間を楽しもうとするが、いつの間にかうたた寝をしてしまう毎日。夜中に目が覚め、下に降りて歯を磨き、仏壇に手を合わせ、最後に庭に出る。一昨年、突然亡くなった愛犬「はな」の墓前で手を合わせ、夜空を見上げる。そこには冬空で満天に輝いていたオリオン座の星影は無くなり、代わって春の星座が輝く。ここにも春を感じる。耕人の農のシーズンは春の号砲と共にスタートを切った。

モンシロ蝶と極楽トンボが舞う農場より