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慈光通信 第203号

2016.6.1

患者と共に歩んだ無農薬農業の運動 3

 

前理事長・医師 梁瀬義亮

【この原稿は、1991年1月 日本有機農業研究会発行の「梁瀬義亮特集」に掲載されたものです。】

 

 

健康長寿の食生活

 

 

時あたかも、東北大学の近藤正二先生が長寿村、短命村、健康村、不健康村の食生活の調査をなさってお出しになったデータは、約20年間のご苦労の賜です。現在では1000町村以上のデータにも上がっているそうで、先生は80歳を越えておられるのに、なおかくしゃくとして活動しておられるようですが、そのお出しになった健康長寿の食生活の傾向と、私が1万人の患者さんから得たデータとが、ピタッと合うのです。
これをもう一ぺん逆の方向からいうと、麦ごはんや雑穀、それに野菜、海草を食べると健康であるが、適量の植物油はいいが大量の油を食べ過ぎるといろいろ故障が起こってくる。大豆は非常にいいが、よく噛まなければいけない。また、野菜の場合もよく噛むこと。白砂糖はなるべく少なくして黒砂糖を多くすること。果物はおやつにはいいが野菜の代用にならないことなどです。
お酒は一合ぐらいまで、たばこは1日10本を限度にするといい。それから、よく肉体運動をすること、これはきわめて大切な健康法であり、また解毒方法なのです。
これは土方をしている労働者の方が深酒をしても労働するとそれが消えるが、しかし労働をしないとそのまま倒れてしまうという例。そのほか、農民の農薬の解毒能力等を調べてみて、運動をするということがいかに解毒作用に大切かということが分かってきたのです。
そこで、私は自分についてまず実践してみました。当時、私は非常に忙しかったので、毎月1回ぐらい疲労のため、2日3日疲れて休むか、熱を出すことが多かったのです。私が特に忙しく活動しているというので、家族のものがいつも肉や刺身ばかりをご馳走してくれ病気をすると「あんなにご馳走を食べさせているのに……」と私を非難するのです。(会場笑い声)
しかしそこで私は、1万枚のデータから、「これは間違っていたんだ。むしろ、ご馳走を食べさせてくれるから僕は病気になったのではないか」と思って、それから肉をやめて、お魚や卵や乳製品を少しだけいただき、お野菜をたくさんにして、甘い物は一切控えて、いろいろやりましたところ、私自身、たいへん健康になりました。これに勢いを得たのと、この調査をもっとしたい、そのためには条件を簡単にしたいと思って郷里の田舎に帰り、農家の調査をやったのです。
農家では労働条件、家屋条件がほぼ一定しています。ただ当時、食生活に非常に差があったのです。いわゆる当時はヤミ米景気で大変景気がよかった。そこへ生活改良普及員が動物性の食事を盛んにすすめたため、それに従っていわゆる近代的栄養法をお金にまかせて十分実行している農家と、今まで通り、みそ汁や葉っぱと麦ごはんを食べている農家と対照すれば、もっと面白いデータが出るのではないか、と思って調査を進めていったのです。大体、予想通りのことが起こっているわけなのです。
以下、次号に続く

 

小さな少女の訴え

5月下旬、伊勢志摩でG7サミットが開催されました。今回の議題は主に経済についてでしたが、1992年リオデジャネイロで行われた環境サミットでは当時12歳だった少女セヴァン・スズキさんが世界中の大人たちに訴えました。
今日の私の話には、ウラもオモテもありません。なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとはわけがちがうんですから。
私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。世界中の飢えに苦しむ子供たちのためです。そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためなのです。
太陽のもとに出るのが私はこわい。オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。空気にどんな毒が入っているかも知れないから。
父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。それらはもう永遠にもどってはこないんです。
私の世代には、夢があります。いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。でも、私の子供たちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?あなたたちは、私ぐらいの歳のときに、そんな心配をしたことがありますか。
こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起っているのに、私たち人間ときたら、まるでまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。まだ子どもの私には、この危機を救うのになにをしたらいいのかははっきりわかりません。でも、あなたたち大人にも知ってほしいんです。あなたたちもよい解決法なんてもってないってことを。
オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのかあなたは知らないでしょう。死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生き返らせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのか、あなたは知らないでしょう。どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。
ここでは、あなたたちは政府とか企業とか団体とかの代表者でしょう。あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。でもほんとうは、あなたたちもだれかの母親であり、父親であり、兄弟であり、おばでもあり、おじなんです。そしてあなたたちのだれもが、だれかの子どもなんです。
私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。そうです。50億以上の人間からなる大家族。いいえ、じつは3千万種類の生物からなる大家族です。国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。
私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。私は怒っています。でも、自分を見失ってはいません。私はこわい。でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私はおそれません。
私の国でもむだづかいはたいへんなものです。買っては捨て、また買っては捨てています。それでも物を消費しつづける北の国々は、南の国々と富をわかちあおうとはしません。物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。
カナダの私たちは十分な食べものと水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。時計、自転車、コンピュータ、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。
2日前にここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。
「ぼくが金持ちだったらなあ。もしそうなら、家のない子すべてに、食べものと、着るものと、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに」家もないひとりの子どもが、わかちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。
これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じくらいの歳だということが、私の頭からはなれません。どこに生まれついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。私がリオの貧民街に住む子どものひとりだったかもしれないんです。ソマリアの餓えた子どもだったかも、中東の戦争で犠牲になるか、インドで物乞いをしていたかもしれないんです。もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えば、この地球は素晴らしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけど、そのことを知っています。
学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたたち大人は私たち子どもに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、

 

・争いをしないこと
・話しあいで解決すること
・他人を尊重すること
・ちらかしたら自分でかたづけること
・他の生き物をむやみに傷つけないこと
・わかちあうこと
・そして欲ばらないこと

 

ならばなぜ、あなたたちは私たちにするなということをしているんですか。なぜあなたたちが今こうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そしていったいだれのためにやっているのか。
それはあなたたちの子ども、つまり私たちのためです。みなさんはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。
親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子どもたちをなぐさめるものです。あるいは「できるだけのことはしているから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているうようです。
おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。しかしあなたたち大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。
もしそのことばがほんとうなら、どうか、ほんとうだということを行動でしめしてください。
最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。
(ナマケモノ倶楽部HPより抜粋)

 

 

このセヴァン・スズキさんの伝説のスピーチは、「世界を5分間沈黙させた」と言われ、世界中の人々に深い感動を与えました。しかし、少女の「どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。」という願いは大人に届いたのでしょうか。
残念ながら、今も自然破壊は止まらず、原子力発電はなくならず、資源の無駄遣いは加速しています。こんな小さな少女の訴えを私たち大人は今一度、しっかり受け止め、一人ひとりの力は微力であっても正しい意識を持つことができることを願うばかりです。

 

 

農場便り 6月

 

日本列島は乾燥した空気から一変し、湿度の高い空気に包まれた。棚田には水が張られ田植えのシーズン到来。田のもは空や山々を映す水鏡となり、日本古来の美しい原風景が目に映る。
山の木々は空に向け新芽を伸ばし、山全体が深い緑になった。その中、うの花の真っ白な花が輝き、根元にはこぼれ落ちた花びらが白いじゅうたんとなる。
5月初旬、夏野菜の植え付け準備が始まる。4月、元肥となる完熟堆肥を畑全面に散布した後中耕。そして1ヶ月寝かせ、土と堆肥を馴染ませる。トラクターのパワーは全開、作物の根がより深く伸びるよう、深く細かく耕していく。仮起こしから1ヶ月で夏草は芽を切り、10?ほどに成長する。この若い夏草を棲みかにしている一年生の雨ガエルや土ガエル、この春孵化したばかりのバッタの子どもがパワー全開のトラクターの音に驚き、草の中から飛び出す。幼い命を危険にさらすのはどうかと思いながらもいたしかたなくトラクターを進める。その中、動きの悪いカエルの子どもが車体の前で止まってしまう。このまま進めば幼いカエルの命を絶つことになりかねない。そこで、仕方なくアクセルを戻しクラッチを切り車体を止める。そのまま、子ガエルが横断歩道を渡るように、無事通り過ぎて行くのをじっと見守りながら待つ。農場では、小動物たちの様々な光景を目にする。小さなカエルの子も大自然の中を生きて行くために力強い一面を持つ。トラクターの音に逃げまどいながらも、子ガエルの前を横切るバッタの子どもに大きな口を開けて飛び付き、パックリそのまま丸のみ。運転席から見るこの光景には少々心が萎える。これも自然の摂理なのであろうか。
予定の畑をすべて耕運し終え、畝幅に合わせて土を割り畝を上げる。夏期に用水路から水を引けるよう深い溝を切る。いつものように畝の上部をならし、黒マルチを張る。夏草の勢いは2本の手だけでは太刀打ち出来ず、黒マルチの力を借りて作物を雑草から守る。張り終えた黒マルチに作物に合った株間の穴を開ける。キャベツ40?、山芋50?、コーン40?、青ジソ40?、赤ジソ20?、きゅうり50?、なすは70?。その穴に育苗した苗を丁寧に一本一本植え付けてゆく。苗の定植は幾日もかけて行い、冬場はガラリとしていた畑が賑やかさを取り戻す。定植後、ホースを引き一本一本に水をやり、通路には用水路から水を流し込む。のんびり歩いていた小虫が押し寄せる濁流に気付き一目散に避難をする。土の渇きに注意しながら3、4日に一度は水を回し入れる。
畑にはこれから大きく育ってゆく幼い苗、他には収穫を終え使命を終えて姿を消してゆく作物もある。春キャベツも収穫を終え、残された外葉は黄色く変色し、間もなく土に返る日が来る。玉ねぎやじゃが芋もあと僅かで畑からさようならする日が来る。
4月下旬、ニンニクの収穫を行う。細長い茎を持って土からスポッと引き抜くと土中から真っ白な球根が顔を出す。引き抜いたニンニクは葉と茎を付けたまま地べたに並べて日光にさらし、4、5日で茶色くカラカラに乾いたら上部を1本1本収穫バサミで切りコンテナの中へ。切り取られた葉と茎は情け容赦なくそのまま畑にポイ。一方、白い球根は大切に倉庫へと運ばれる。

ニンニクの作付けは、秋風が心地よい10月上旬。まず、ニンニク栽培の準備として、有機農業の定石である完熟堆肥を畑全面に散布。酸性を嫌うニンニクは他の作物より多い目に石灰を散布し、土となじませること約1ヶ月、土の中に微生物の世界を作る。
畝を上げ、黒マルチを張り、15?間隔に穴を開ける。穴あけには自家製の塩ビパイプのヤリで大地を突き刺す。マルチにも土にも植え穴が開き一石二鳥、その穴にニンニクを一片ずつ植え込んでゆく。植え付け後、ニンニクより早くしゃしゃり出てくるのが雑草君、どうもこの種の植物とは相性が悪いようで、一目見ただけで吐き気をもよおす。2週間もすればニンニクは小さな芽をのぞかせる。その後の成長は著しく、見回りに行くたび大きく成長している。年内でかなり大きく育ち、初冬に降りる霜や年により降り積もる雪の下でひたすら耐え、春を待つ。日射しも暖かくなる3月、急速に成長が再開し、みるみるうちに畝の上は大きく育ったニンニクの葉でいっぱいになる。強靭なニンニクは5月まで休むことなく成長を続ける。濃い緑の葉がうす緑になった頃を見計らい収穫を行う。以前、ニンニクについて簡単に紹介させていただいたが、今一度紹介させていただく。
ニンニクはアジア原産、ユリ科に属する。同じユリ科でも美しいユリとは月とスッポン。美しさはなく、エネルギーのみを感じさせる。ニンニクは、現代人に多い疲労を回復、殺菌効果も高く、かぜウイルス・結核菌・ブドウ球菌・赤痢・チフス菌など広範囲の菌に対して抗生物質として働く。他に消化機能を高め、血液をサラサラにし、動脈硬化や血栓などを予防し、免疫力を高めガン予防にも効果がある。しかし強力な成分ゆえ摂り過ぎは胃腸に悪影響を及ぼすことがあるのでご注意を。色々な料理に使っていただき幅広い食文化をお楽しみいただきたい。また、ニンニクを発酵させ自家製黒ニンニクを作られる方が近年増えている。黒ニンニクには生のニンニクにはない効果があるようである。
水田ではカエルの合唱が始まる。南の夜空には火星がひと際赤い強い光を放つ。日課の夜のウォーキング、ゴリラの行進の如く息を切らし前へ前へと進む。歩く道の土手下に小川が流れる。いつもなら音を立てて流れる小川も今は水田に水を取られ、流れる水音はほとんど耳に届かない。
頭上を弱い光を放ちながらホタルが飛んだ。久しく見なかったホタルを見て感動。足を止め川の方をじっと見つめる。幼い頃、夜道を姉に手を引かれホタルを見た日のことを思い出す。たくさんのホタルが光を放つ。いつもの景色がホタルの放つ光によって幻想的な空間となる。光の美しさ、寂しさが夜の小川を覗き見る私の時を包み込む。星の輝き、自然が作り出すホタルの光、その芸術を心ゆくまで楽しむ。
同じくして光には悪魔が作り出す光が存在する。広島、長崎に落とされた核の光。一瞬にしてあらゆる生物の尊い命を奪い取った光、核の平和利用など存在しない。地球上の生物は、経済という途方もない化け物の餌食になってしまうのであろうか。美しき日本の美。フワリフワリと輝くその光には愛の生命が宿る。
日本の心を食いものにし、自我のために悪あがきする首都の長に美しき日本の古語を贈る。
「命を惜しむな、名こそ惜しめ」
指先に止まるホタルの光に
 

ウルウルする農場のゴリラより