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慈光通信 第237号

2022.2.14

有機農法についての私の体験と意見 Ⅰ

 

前理事長・医師 梁瀬義亮
【この原稿は 1978年 3月号「月刊たべものと健康」に掲載されたものです】
 

緒論

 

有機農業についての関心と認識が最近頓に高まりつつある事は誠に御同慶の至りであります。しかし反面有機農法を単に化学肥料(以下化肥と省略)の代わりに有機肥料を使う農法程度に理解されている場合も多く、また化肥や農薬についても完全に廃止を叫ぶ者、部分的使用を主張するもの等々有機農法実践者と称する人々の考えもまちまちです。
私は今迄度々本誌誌上に意見や体験を発表させて頂きましたので重複する点も多いかと存じますが、お赦し頂いて今一度私達のまる19年に亘る完全無農薬有機農法実施の体験から得た確信を申し上げたいと存じます。と言うのは現在都会でも農村でも病気で苦しむ人々が如何に多い事か、それに対して近代農法が如何に大きな責を有するかを臨床医として身に沁みて感ずるからであり、同時に最近盛んに濫用される所謂低毒性農薬についても一言したいと思うからであります。

 

 

近代の学問及び文明の反省

 

十九世紀以来物理学、化学は急速に発展しそれに伴って工業は空前の大発展を遂げました。驚異的な機械類の出現とそれによってもたらされた生活の便利化等々……人々はこの文明に薔薇色の未来を托していました。そして何時の間にかあらゆる他の学問の領域でも工学的な発想や研究方法が主流を占めるようになりました。即ち、「分析」「特殊な単純な条件下の実験データを寄せ集めてものの真実相を把握しよう、出来る」という信仰、「人間中心的発想」等で、ここにも近代文明が現れたのであります。勿論医学も農学もその例外ではありません。然し近代の学問や文明が進み切った現在、人々はかつて、いやほんの最近までその実現を信じていた薔薇色の未来は蜃気楼であったこと及びこの文明は恐るべき「死の文明」であることに気付きはじめました。工業と機械文明はどんどん成果をあげてゆきます。然し医学の進歩と莫大な費用をかけての近代医療設備の完成にも拘わらず、病人や難病、奇病等は増加の一途を辿り、終に人々は近代医学に疑問を持ち、或は絶望して数百年前の医学や宗教的療法が流行するという現況であります。
農業に於いても近代農学の進歩にもかかわらず、病虫害の発生は益々甚だしく、農家の労力と出費は激増し、収入はこれに伴わず、農家の経済は逼迫し、更に農民の健康は侵され、体力は著しく低下し、日本民族の将来が思いやられる現状であります。
近代社会に於いては、政治・経済・教育等々工業を除くあらゆる部門に於いて不成功がみられます。生命の関与しない工業に於いて成功し、生命や心の関与する部門に於いてすべて不成功に終わっているのです。

 

 

生命の医学

 

昭和23年私は人間の「生命力」という事実及び人間の「生活」という「生態学的事実」を見落とした現代医学は「人間工学的医学」とも称すべきもので、人間がその「生命力」を殆ど失ってしまった時の救急には偉功を示すものの、もし病気という生命現象をこのまま化学薬品(薬)や物理的な方法で一時押え的に治療しつづけたら、病気は次々と再発し、或は形を変えて現れ、終いに患者は薬物ヘドロになってしまうに違いないと気付きました。これが現代「医原病」として騒がれるものであり、人々をして今の医学は恐ろしいと悟らしめるものです。
所謂「病気を治して病人をつくる」結果を招来する近代医学の欠点を知ったのです。医学の本流は「人間の生命力の維持と強化を目的とした『生態学的医学』でなければならず、そのためには生活の仕方と病気との関係の調査が必要だ」と気付きました。

(以下、次号に続く)

 

 

 

その産地、本当ですか?

 

連日ニュースで大きく取り上げられている熊本県産あさりの産地偽装問題。中国や韓国から輸入したあさりを出荷までのごく短期間海に畜養することで「国産」と表示していました。さらには、熊本県を一度も経由せずに熊本県産として販売されていた恐れもあります。安全なイメージのある「国産」を謳うことで、消費者を安心させ、購買意欲を高めようとする卑劣な手法です。
しかし、このような問題はあさりだけに限ったことではありません。ここ数年でも中国産うなぎを国産と偽って販売した奈良県の加工会社や、中国産のクエを国産と偽って販売した大阪の水産加工会社など、産地偽装は後を絶ちません。
食品の原産地表示は農産物・畜水産物共に、複数の場所で育った場合、一番長い期間育てられた場所を原産地として表示する義務があります。(国内の場合は都道府県名、国外の場合は国名)例えば今回の場合、1年間中国で養殖されたあさりは日本で1年と1日以上育てられなければ国産を名乗ることが出来ません。
魚介類や家畜はこのように原料原産地表示制度に則り、日本で一定期間育てられることでようやく「国産」となりますが、日本の資源を一切使わずとも合法的に「国産」を名乗ることが出来る食品があります。それは椎茸です。
今、椎茸を栽培するために必要な菌床の輸入量が過去最高となっています。菌床の主な産地は中国と韓国で、国産のものと比較すると仕入価格がおよそ1/10程と非常に安価です。栽培方法はいたってシンプルで、ブロック型に固められた菌床の封を開けて温度・湿度が管理された場所に置いておくだけ。この輸入菌床が奈良県で栽培された場合、産地は「奈良県」になります。育つ場所の養分ではなく、菌床に含まれるおがくずや米ぬかなど、外国産の養分のみで育ったものを国産と表示して販売する。消費者もそれを国産と信じて購入する。価格も安く、栽培地を国産と表示できるため、今や日本の菌床しいたけはほとんどが中国産・韓国産の菌床に取って代わられています。これは純粋に国産原料のしいたけを栽培しようとしている国内生産者にとって脅威となっています。
2020年3月、消費者庁は「食品表示基準Q&A」を改正し、菌床栽培しいたけの産地表示について、「国内で種菌を植え付けた場合は都道府県名、外国で植え付けた場合は当該国名を表示することが望ましい」との考えを示しました。ただしこれはあくまでも「望ましい」ということであって、強制する法はありません。菌床の製造地を表示している椎茸も徐々に販売されるようになってきましたが、生産者にとって決してメリットとは言えないこの表示はまだ浸透していないのが現状です。
このような法律の隙間をついて安心安全をうたった食品は他にもたくさんあります。慈光会の活動の目的の一部に、誰が何を選んでも安心して口にできる農産物や加工食品の普及があります。信用を得るには長い時間がかかりますが、信用を無くすのは一瞬です。
慈光会も皆様からいただいている信用を無くすことのないよう、これからも活動してまいります。

 

 

 

農場便り 2月

 

12月9日 快晴。午後より行っている野菜の収穫作業を終え、あとは北風を避けて倉庫で野菜の掃除(赤葉や根を取り除く)もあと僅かで終えようとしていた。夕日は足早に山の陰に姿を消し、もうすぐ漆黒の闇に深く沈んで行こうとしている。夜空には星の世界が広がる。冬の夜空はどこまでも澄み渡り、恒星の輝きが地上へ降り注ぐ。まさにその時、真っ黒なシルエットとなった和泉山脈の上空に強い光を放つ星、と思いきや、その光はゆっくり進み、夜景が美しい五條の上空に差し掛かった。その光は近づくにつれスピードが上がり、農場の真上に来た。年甲斐もなく、その強い光に暗い山奥で一人ぼっちの私の心が揺れる。何と、その光の正体はかの有名な実業家が乗り込んでいる宇宙ステーション。どうも私はこの人がマスコミの話題に上がるだけで、理由もなく嫌悪感を抱き、彼の金満な態度と重みの感じられない言動が心をざわつかせる。しかしながら、漆黒の夜空に光る衛星を目で追っているうちに、何だか妙な寂寥感と感動がこみ上げ見入ってしまった。ステーションは10分もすると山の後方へと姿を消し、後には何とも言い表せない空虚な感情だけが心に残る夕暮れであった。
師走に入るとそれまで続いていた小春日和が一変し、冬の使者が空高くから舞い降りて真冬となった。農作業時もインナーを一枚増やし、収穫の追い込みに精を出す。日々強くなる寒波は北日本を包み込み、北陸、そして当園にも押し寄せてきた。早朝、農業用水が流れる水道管が凍り付き、午前中には一滴たりとも水が落ちてこないという困った日も幾日かあった。農作業の手はかじかみ、次第に長靴の中の足先の感覚もなくなり、次にやって来る長靴の中の指を突き刺すような痛みに、この何年かの暖冬で忘れていた厳しい寒さを身をもって思い出すことが出来た。しかし、全体で見ると、秋から初冬にかけては大きな自然災害もなく、それほど害虫の姿を見ることのない平穏な日々が続いた。おかげでたくさんの作物の恵みをいただき、豊かな食材でのお正月を迎えることが出来た。
12月31日大晦日、ベートーヴェンの第九とゆく年くる年に送られ、2021年の最後は梵鐘の音に包まれ過ぎ去っていった。新年を迎えたにもかかわらず、我が家では家人と娘が新年のお祝いの料理に精を出し、途中のサボりが祟った私はいまだに雑巾がけに精を出す。丑の刻になり、やっとすべてが整い、冷えた身体で布団に潜り込む。
気が付けば、お天道様は高い位置から元旦の朝を柔らかい光で照らしている。家族が一堂に会し、仏壇に手を合わせ新年のあいさつ、そして祝いの席へと進む。蛇足ではあるが、私はこのおっとりと柔らかい元旦の空気もよいが、殺気立った師走の喧騒も好きである。それはさておき、つつましやかに祝宴が始まり、お節料理に美酒にとどっぷり浸かる三が日である。「歳を重ねると食味が変わり、以前にはあまり口にしなかった漆塗りのような渋い光沢を放つ肌の黒豆が何とも美味しく感じる」と口にするや否や、家族は間髪入れずに「只、口が卑しくなっただけ」と口をそろえてのたまう。
新年3日は年に一度の初詣、長谷の回廊では、わらの菰に寒さから守られ見事に咲く寒牡丹が、詣でる人々の心を和ませる。現世利益のみを追い求める私は、髪を美しく剃り上げた清らかな若き修行僧から散華をいただき、悪しき心を仏前に懺悔する。寺を後にして帰宅、年に一度の連休も残すところあと一日となった。
5日には職員一同が顔を合わせ新年の挨拶の後、新年の掃除を行う。明日からまた本格的に農の一年が始まる。毎年5日の夜はいつも緊張心が湧いてくる。翌日の作業初日、美酒、美食にどっぷり浸かった身体は一日の農作業でデトックスをしたかのように軽くなり(但し、体重は重いまま)、思うことは毎年同じ「また一年、馬車馬のごとく働かなくては…。」
1月19日、夜中から朝方にかけての冷え込みが強く、山の農場は-7℃まで冷え込んだ。水は厚く凍り、土もまた永久凍土のように固く凍り付く。その中、白ネギは畑でじっと寒さに耐え忍ぶ。作年は手が回らず、白ネギの栽培はほんの少しだけとなってしまったが、山の畑で太く大きく育ったネギは、寒さに当たり益々美味しくなり口の中でとろけるような食感と口いっぱいに広がるネギ特有の甘さが美酒を誘う。本年は栽培量を増やす計画で、もう既に苗はビニルトンネルの中で15㎝位の大きさに育っている。夏から冬の間に美味しい白ネギの味を楽しんでいただけるようにと計画表に力強く太い字で書き込む。
寒風吹きさらす中、山の畑の苗場では青ネギの小さな苗も間もなく行う定植に備え、北風に負けじと向かい合う。この小苗は初夏から真夏にかけての栽培で、暑さを嫌うネギにとってまさに受難となる作付けである。青ネギは既に下の畑で栽培が開始されている、とは言えまだ20㎝にも満たない大きさであるが、山の畑に比べると天と地ほど栽培環境は良好である。
小ネギが植わっている隣には玉ねぎが定植された畝があり、元気に育つ。玉ねぎは以前にも紹介させていただいたが、今回植えた玉ねぎは、赤玉ねぎである。赤玉ねぎは生食に最適で、近年のサラダブームで多くの家庭や外食産業で使用されている。当園も時勢に乗り、少々作り過ぎではとスタッフから苦言をいただく程苗を植え付けた。しかし、赤玉ねぎは貯蔵にはあまり向かず、腐りやすいのが少々難点となる。それを植え付けてから気付く愚か者である。普通の玉ねぎと比較し、栄養価はほぼ同じだが、赤い方が辛みは少なく水分が多いことから生食向きとされ、サラダやドレッシングなどで美味しくいただくことが出来る。栄養価が流れ出さないよう水にさらす時間は出来るだけ短くする。5月には収穫が始まる予定で「取らぬ狸の……」とならぬよう、より管理に精を出す。
1月下旬、秋冬作の収穫を終え空になった畑に準備しておいた大量の堆肥を散布し、畑一面が堆肥の海となる。(慈光会インスタグラムにアップ済み)使用する堆肥の完熟度は私の感覚ではおよそ60%ぐらいであろうか、このまま土の中にすき込むと病虫害の発生が予想される。そこで長年携わった有機栽培の経験からの勘を基に作業を進める。畑一面に散布した堆肥は3月まで地上でそのままにし、寒風にさらす。そうすることでお日様の力や雨や雪による自然風化により、未完熟な堆肥に含まれる作物に悪影響を及ぼす成分を取り除く。そうして出来た完熟堆肥を土になじませてゆく。有機農法は、作物と穢れのない大地に宿る生命力が一つになって免疫力を上げ、様々な目に見えぬ外敵から身を守り、生命を育む農法であり、90%は大自然の力が成しえる業である。春先からこの地に夏の作物の植え付けを行う。多種多様な作業で本年も農場喜劇の幕が上がる。
2月、慌ただしく作業が続く。夏作の後の片づけがそのまま手付かずで残っている畑や初夏に収穫を終えたキャベツ畑に残った黒マルチなどを目にする度、頭を抱え込む。夏草が枯れ、冬草がその上に生えた畑はまるで放棄された荒れ地のような惨状。いやこれは耕作地のはずである。収穫終了後すぐに片づければこんな事には、と悔やまれ、荒れ地を前に呆然と佇む耕人。一年近く放置した私に大地の神様から大きな試練が与えられた。この作業はまさに地獄絵図をそのままにしたような辛い作業である。コツコツと時間をかけ根気との戦いで作業を進める。自慢ではないが、他にも二カ所このような地があることを一応記しておく。まず、太く大きく育った後、冬の寒さで枯れた雑草を前屈みで抜いて行く。枯れてはいるが、なかなか固くて手強い。そうしていると目の前の大きな草の枝にカマキリが産み付けた卵を発見。そのまま草を引き抜いてしまえば何百、何千ものカマキリの生命はそれまでとなる。そこで枝を折り、雑木の枝にそっと挿しておく。初夏になりこの何千もの子カマキリが羽化し我が畑の害虫を捕食してくれる姿を夢見ながら雑草を抜き、ボロボロに風化した黒マルチをめくり上げてゆく。小さな生命をも大切にする時も頭の隅には利害が住みつく小さな耕人である。
連日、マスコミでは医学や細菌学など、各方面の一木一草に至るまで達観したかのような学者が、世界中を震撼させているコロナウイルスについてコメントをしている。「医学が進んで病人を増やし、農学が進んで飢餓を生む」と前理事長が話していた事が今やその通りとなった。恐ろしい勢いでコロナウイルスが広がり、感染する人やしない人、感染した人の病状にも個人差がある。インフルエンザもまた然りである。個々が持つ生命力・免疫力の差であろうか。強い生命力を養うには、自然の摂理に合った作物を摂取し、日本本来の正しい食文化をする事が大切である。
夜のしじまが農場を包み込んだ。東の彼方に姿を消したステーションに色々な思いが湧き上がる。西の空に現れた飛行物体を初めて目にした時、思わず高揚した気持ちは否めないが、時間と共にその気持ちは冷めてゆく。ニュースで映し出された船内で浮遊する有名人の姿が目に焼き付き、幾日も頭の中を支配し続け、何やらうすら寒い気持ちになる。地球を守る大切なオゾン層が破壊され、大量のエネルギーや酸素を浪費する宇宙計画は軍事研究のためと言われている。なんと愚かで悲しいことであろうか。
今年の前期の当園と協力農家の作物の生産計画が出来上がり、スタートラインに立った。あとは春の号砲が聞こえてくれば大地に種を落とし苗を植えこむ。
これからの一年、皆様の健康を願い日々の糧をと粉骨砕身の思いで農に励む。本年も当会の作物へ多大なる愛情をよろしくお願い申し上げます。
粉骨砕身は言い過ぎかと反省する
厳冬の農場より